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すべては反対から始まる

 物事の道理について、『老子』で語られている言葉です。「弓の弦を引くが如し」との表現が使われているのですが、反対方向へ進むことの意味を理解しなさいという教えでしょう。

 私が迫られる試合中の決断は、ゆっくり考えれば答えが出るものが多い。

 このイニングで、この点差で、このバッターで、このランナーなら、守備位置は少し後ろに引いたほうがいい。あるいは、こちらへ寄せたほうがいい――時間をかけて整理していけば、それがハマるかどうかはともかくとして、答えを出すことができます。

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 しかし実際は、瞬間的に状況が変わる。決断までの時間はないけれど、想定していたものとは違う局面が生まれる。

 思わず「ウーン」と眉根を寄せてしまったそのときに、相手ベンチへ視線を移す。すると、頭のなかに明かりが灯ります。自分たちがどうやって守りたいのかではなく、「相手のベンチはどっちが嫌かな」という前提に立つと、すっと答えが出ることがあります。

©文藝春秋

チャレンジャーだからこそ予想もつかない策を

 反対から始まるということを日々の行動に落とし込むと、「発想の幅を持つ」ことにつながります。「このケースではこうあるべきだ」といった固定化した価値観で物事を判断するのではなく、反対側を意識することで違う景色に出会うことができる。思考のバランスをはかりなさい、というアドバイスにも感じられます。

 バランス感覚という言葉があるように、行動や発言が均衡した状態は周囲を安心させます。物事がうまく進む。

 それを知ったうえで、自分はどうするのか。基本的には均衡を取ることを意識しますが、監督としてはあえて逆を取って勝負をすることがあります。セオリーに則った戦いでは勝機が薄いので、大勝負を仕掛ける。とりわけ、短期決戦では思い切った手を打ちます。

 ファイターズが絶対的な優勝候補なら、オーソドックスな戦いをすればいい。我々はそういう立場ではないので、相手が予想もつかないような策を打つのです。

 2019年7月16日の福岡ソフトバンクホークス戦では、攻めの采配で勝利を引き寄せました。2対2で迎えた9回表、先頭打者の中田翔がフォアボールを選ぶと、代走を送りました。

 9回が無得点に終わって延長に突入したら、中田抜きの打線になります。ホークスは我々より多くのピッチャーを残してもいた。しかし、チャレンジャーの立場の我々は、厳しい局面だからこそ攻め続けなければならないのです。

 果たして、9回に1点をもぎ取り、3対2で勝利しました。

 玉砕覚悟の無謀な戦術ではありません。首位を走るホークスとのゲーム差を詰めるために、私たちは負けられない戦いに臨んでいた。そして、反対側から勝負を挑んでいたのです。