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萌しと兆し

 兆しを見落とさない大切さとして理解していますが、『易経』には「萌し」と「兆し」についての記述があります。

「萌し」は風が春めいて気温が上がっているとか、花のつぼみが膨らんできたといった、分かりやすい変化を指します。一方の「兆し」は、もう少し曖昧なニュアンスです。「最近ちょっと空気が冷たくなってきた」とか「これから天気が悪くなりそうだな」といった私たちの肌触りのようなものです。明確な根拠はないし、目に見えるものではないけれど、何となく感じられる変化、とでも言えばいいでしょうか。

 試合中の私は、「判断、決断、即実行」を心がけています。

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 分かりやすいのは追いかける展開です。とにかく攻めるしかない。攻めの姿勢を貫くことで活路を見出す。座して死を待つわけにはいきませんから、複数の選択肢があるならより攻撃的なものを選ぶ。迷いが入り込んでくる余地は少なく、そもそも迷っている暇はありません。

 それに対して、自分たちがリードする局面は難しい。ゲームの組み立てかたに余裕がある。言い換えれば選択肢を多く持てるので、「どれがいいのか」と考えがちになってしまうことがあります。

©文藝春秋

「兆し」を見落とさない、「兆し」を読んで準備しておく

 いずれにしても、決断がプラスに働くのか、それともマイナスに作用してしまうかの分岐点は、「兆しを読み取って準備をしておく」ことにかかってきます。

 試合中のあるシーンを切り取ってみましょう。

 ファイターズの攻撃の場面で、1アウトランナー二塁です。

 そのまま次のバッターに打たせるか、あるいは代打を出すか。

 代打を出して歩かされたら、次はどうするか。

 1アウト一、二塁になって相手がピッチャーを代えてきたら、バッターはどうするか。ひとつの決断から派生する可能性を漏れなく拾い上げて10秒ほどで、いや、もっと短い時間で瞬間的に考えていく。

 準備とはイメージを固めることであり、想定をしておくことですが、局面の行き先を読んでいるうちに差し込まれる――予想外の展開が生まれることがあります。

 すかさずコーチが聞いてきます。

「監督、どうしますか?」

 私の想定とは違う局面になっていますが、猶予はありません。一瞬で答えを出さなければならない。

 ファイターズが攻めているときでも、次の回の守りについて考えたりします。

 代打の選手をそのまま守備につかせるのか。違う選手を送り出すのか。そこから先の継投はどうするのか。未来を予測しながら、並行して目の前の局面で最適なジャッジを下さなければならない。株式の取引を仕事としている方には、実感を持って理解してもらえるかもしれません。

 先を読むということは経験によって磨かれますが、経験をそのまま当てはめればいいわけではない。小さな変化も見落とさず、プラスのヒントへ変えていくために、私は兆しを見落とさないことを大切にしています。

栗山ノート

栗山 英樹

光文社

2019年10月16日 発売

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