「段ボール箱をどうやってトラックの荷台に積み込んでいいかわからず、他の人の4倍も時間がかかってしまう」
正樹さんのこの悩みは、検査で示された「知覚推理」の低さから説明できるのでしょうか。知覚推理は、(1)見たものを理解し、(2)推理し、(3)表現する力を表しています。
(1)物の形がわかる、見たものの位置がわかる、空間を把握する力がある。
(2)見たものをイメージで移動させたり並べたりできる、直感的に思い描ける、新しい状況でも柔軟に整理できる。
(3)上の2つの結果を基に、目で見たことと手作業を協応させる、上手くいかないときに視点を変える。
これらの働きが弱いとすれば、段ボールを荷台に積み込むことだけでなく、大型トラックの運転も苦手なのではないかとの疑問が浮上しそうです。
「そういえば1回だけ困ったことがありました」
「運転は苦ではないですか?」
正樹「運転は好きです」
「どんなところが好きでしょう?」
正樹「慣れたルートをラジオ聴きながら、のんびりできます」
「安全運転するほうですか?」
正樹「はい」
「ときに無謀な運転をするトラックを見かけたりしますか?」
正樹「はい。そういうのは苦手です」
「これまでに事故を起こしそうになるとか、そういう経験は?」
正樹「ないです。いや……、そういえば1回だけ困ったことがありました」
「それはどんなことですか?」
正樹「いつもの道が工事で通れなくて迂回したとき、細い道から出られなくなってしまって、ぶつかってはないですが、すごく時間がかかりました」
これらのやり取りから、正樹さんは知覚推理の能力中で、(1)の見たものの理解はできても、(2)と(3)のイメージによる操作、新しい状況での柔軟性、イメージした結果を手作業に移すことが特に苦手であろうと解釈されました。安全運転が身に着いており、定められたルートを時刻通りに辿るという長距離運転は、むしろ適していることになります。
自責傾向、他人に頼れない特徴、「知覚推理」の弱さ
発達障害に関わる他の検査を含めて10種以上を施行した結果、不注意や多動・衝動性は認められなかったので、注意欠如多動症(ADHD)の疑いは棄却されました。自閉スペクトラム症については、対人関係やコミュニケーション(診断基準A)に関わる「自ら話すことができない」「説明が苦手」は顕著でしたが、限定的な興味関心と反復行動(基準B)は検査においても見出されませんので棄却されます。
投影法と呼ばれる無意識的な領域が反映される検査からは、フラストレーションの原因を自分にあると受け止める自責傾向、ならびにその解決を他人に頼らず自分1人で抱え込もうとする特徴が顕著でした。
また、幼い頃から家庭や学校で叱られることが多く、自分がいけないからだと捉えることで、長年に渡り自分の本音を抑圧してきた状況が浮き彫りにされました。度々叱られた原因として、「知覚推理」の弱さによって起こるミスや時間の遅れが関係していた可能性があります。表に出ていたコミュニケーションの苦手さは、叱られ続けるという環境要因によって自己否定感が強められ、二次的に形成されたものだと考えました。