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なんとも違和感のある手順なのだが…

 どうやっても藤井に返し技があり、藤井良し、という結論になったときに、三枚堂が「桂の利きに銀がでる手はどうか」と提案する。たしかにそれなら難しいが、渡辺の飛車が攻めに使えなくなるので指しにくい。

 渡辺は残り18分になるまで考え、寄せ合いを決断した。この順は角を端に出た手がほぼ「詰めろのがれの詰めろ」で負けと言われていた。だが、その先を考えていた。銀で王手して、藤井玉が92手目でようやく動く。そして馬を中央に引いたのが勝負手。桂を先手玉に詰めろをかけて勝ちに見えるが、それには王手で手順に銀を抜く手がある。

写真提供:日本将棋連盟

 しかし、ここで藤井は意表の手順を披露した。金で王手してから銀を抜き、打ったばかりの金をわざと取らせ、自陣に銀を連打したのだ。終盤にもっとも価値の高い金をオトリに、受けに回る。なんとも違和感のある手順なのだが、その局面になってみると藤井に負けのない局面になっていた。

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 まさに「見えている世界が違う」。三枚堂が「藤井さんはどういう世界が見えているんでしょうね」とため息まじりにつぶやいた。

皆の思いを代弁するような中村のつぶやき

 渡辺の辛そうな姿がモニターに映る。藤井の意表をついて継ぎ歩攻めに、勇気を振り絞った攻め合いに、そして粘り強い馬引きにと、渡辺は素晴らしい手順をつむぎだした。それでも差が広がってしまった。

 中村が「均衡のとれた良い勝負だったのに、接戦だったのに、終局図だけ見て大差と思われてしまったら悔しいねえ」と皆の思いを代弁するようにつぶやく。

 後日、佐藤康光九段にもうかがうと、「渡辺さん、藤井さん、どちらの手にも感心しました。とても素晴らしい攻防でしたよね」と健闘をたたえた。その上で「と金攻めを間に合わせるなど、藤井さんは落ち着いてますよね」。

 対局室に向かうと、入り口にはたくさんの靴が。椿山荘のスタッフに尋ねると「靴の数はいつもより何十も多いですよ」と目を丸くしていた。

対局室の入り口には、大量の靴が…… ©勝又清和

 私が2人の感想戦を生で見るのは、昨年2月の立川での王将戦第4局以来だ。あのときはタイトル失冠ということもあって渡辺は落ち込んでいたが、この日は負けても率直に、ハキハキ喋っていた。