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「君の身の回りにいる売国奴を許すな!」

「気をつけろ!そして賢くあろう、さもないと石炭泥棒になっちゃうぞ!」”

 1942年12月7日。戦況悪化に伴う燃料節約のため、ドイツでは「コーレンクラウとの闘い」と称する国家を挙げたキャンペーンが開始されました。

 コーレンクラウとはドイツ語で石炭泥棒を意味する言葉。困窮する軍事国家が国民に倹約を指示することは、どこにでもあるあり触れたお話。しかし当時のドイツでは子供たちに「君の身の回りにいる売国奴を許すな!」と教えるため、わざわざ泥棒姿の売国奴キャラを企画していたのです。

石炭泥棒のキャラクター”Kohlenklau(コーレンクラウ)”、でっぷりとした体とぼさぼさのヒゲ、いかにもな見た目が特徴

 困窮する国における娯楽製品の生産など、真っ先に槍玉にあげられることは大体想像がつくでしょう? そんな社会情勢下でましてやゲームなんて作ろうと思ったら、誰より愛国的で誰よりお国の役に立つと自ら証明しなければ、日の目を見ることすら許されない。大規模な愛国的キャンペーンを建前に、教育目的を謳ってリリースされたコーレンクラウのボードゲームは、大戦末期ドイツにおいて世に出ることが許された数少ないゲームの内の一つなんです。

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『Jagd auf Kohlenklau(石炭泥棒狩り)』のゲームボード

「部屋のドアを開けたままだ コーレンクラウが熱を盗んでいる!」

 まずは1943年、キャンペーン開始とともに作られたボードゲーム『Jagd auf Kohlenklau(石炭泥棒狩り)』を紹介しておきましょう。実に400万部ものコピーが作られ全国の家庭に無料配布された、ナチス政権末期の国民的ゲームとも呼べる作品です。

 ゲーム自体は変則的な双六ですが、内容はもう、数年前ほど勇ましいものではありませんね。テーマは勿論、石炭泥棒を捕まえること。もう少し分かりやすく言えば……、周りに潜む売国奴を探し出して捕まえようというお話ですよ。

左:ゲームボード内の1~10のマス 右:ゲームボード右側に書かれている各マスでの発生イベント一覧

 一つ一つのコマを見ていけば、コーレンクラウとの闘いが実際にはどのようにゲーム化されているのかも分かるでしょう。「目覚めたらもう明るいのにライトがつけっぱなし コーレンクラウは喜んでいる」で一回休み。「部屋のドアを開けたままだ コーレンクラウが熱を盗んでいる!」で5に戻る。

“これを遊んでいる君達の僅かな怠慢が売国奴の利益になり、ひいては国家の敗戦にも繋がってしまうのだ!” ……これほど明確なメッセージも他に無いとは思いませんか?

子供たちにとってのコーレンクラウは、欧米の妖怪”ブギーマン”のような家庭の中に隠れ潜む怪異としてデザインされていた

 あがりまで辿り着いたプレイヤーは、家に潜んでいたコーレンクラウを追い出して勝利、めでたしめでたしでゲーム終了。実生活で燃料を節約する具体的なノウハウがフレーバーにふんだんに盛り込まれており、教育目的のゲームとしては役目を十二分に果たせた作品と言えるでしょう。