クルマのなかにいるはずの鈴木選手の姿が見えない
「脱出した北野さんは、とても冷静でした。コースのアウト側で2台のクルマがクラッシュして火を噴いていました。北野さんが、あれだれだ、ときくので、私は風戸選手と鈴木選手ですよと答えた。どうしてその2台が風戸さんと鈴木さんであることがわかっていたのか、いまも疑問です。
それから北野さんとふたりで、救出にむかったのです。しかし火がぼうぼうと燃え広がっていた。私は反射的に鈴木選手のクルマにむかっていました。お子さんがいらっしゃるのを知っていたからです。あるいは前日、鈴木選手がピットでロワアームを修理しているところを見ていて、彼と目を合わせていたからでしょうか。
ごうごうと燃えている鈴木選手のクルマに近づいていった。モノコックは形をとどめていましたが、コクピットに鈴木選手の姿が見えないのです。クルマから脱出しているのかと思い、あたりを探してみたのですが、鈴木選手はついに見つけられなかった。外に放り出されていなければ、クルマのなかにいるはずなのです。
あとできいたのですが、コクピットのフットスペースのボックスのなかにもぐり込んでしまったそうですね。だから必死になって探したけれど見つけられなかった」
4台のクルマが燃えていても、レースは中断されず…
その頃になると、レースを続行中の各車が1周目を走りおえて事故現場へと近づいてきた。それを見た北野元は、コース上で両手を広げて、全車を停止させようとする。
しかし、レースは続行中である。レース中断の合図が出ていない。当時のレースは火災事故が発生しても、レースを中断しない判定が多かった。だが、このときはスタート直後の大惨事である。4台のマシンが黒煙をあげて燃えているのだ。
「でも、だれも停車しなかった。最徐行もしなかった。北野さんはジャンプして逃げましたからね。そうしなかったらはねられて即死していたと思う」
と、漆原徳光はいっている。