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 最後の鉄梯子を越え、東鎌尾根の核心部が終わったところで休憩をとり、昼食とした。時刻は11時半。明日下っていく予定の槍沢方面のルートがよく見えていた。

 ところが、その直後に雨が落ちてきた。最初はすぐにやむだろうと思っていたが、しだいにあたりが暗くなって雨足も強まってきた。9人は慌てて昼食を切り上げて雨具を着込み、その先にあるヒュッテ大槍にとりあえず避難することにした。

 雷がゴロゴロと鳴り出したのは、「ヒュッテ大槍まであと20分」と書かれた標識が現れたあたりだった。それから雷雲に囲まれるまで、大して時間はかからなかった。雨は本降りとなり、稲光が走って雷鳴が轟(とどろ)いた。

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「いちばん安全なのは山小屋に避難することです。『どうしようかな』と思いましたが、周囲は低い木ばかりの灌木(かんぼく)帯で、身を隠せるようなところはありませんでした。だから『小屋まで行ってしまえ』と判断し、私が先頭になって先を急ぎました」

 と越中は言う。

雷に打たれ、記憶が途切れた

「ヒュッテ大槍まであと10分」の標識があるところで時計を見たら12時ちょうどを指しており、「あともう少しだ」と思った。途中、大きな岩があったが、落雷を避けられそうな安全な場所とはいえなかったので、そのまま小屋を目指した。

「もう完全に雷に取り囲まれちゃっていて、雷鳴も稲光もすごかった。頭の上でどんちゃかどんちゃか鳴っていたから、これは近いなと思いました。とにかく早く小屋に逃げ込むことだけを考えてました」

「ヒュッテ大槍まであと3分」の標識が現れると、灌木帯が途切れて背の低いハイマツ帯になった。そのなかを、岩だらけの道が延びていた。

 突然開けた場所に飛び出してしまい、越中は「あっ」と思ったという。次の瞬間に、記憶がぷつんと途切れた。

 9人のメンバーは、越中を先頭に一列縦隊で歩いていた。その瞬間、2番目を歩いていた者は「両手にピピッときた」と言い、3番手の者は「ドスン」というような音を聞いた。4番手の者は体の右側に大きな衝撃を感じ、前を見たら越中が倒れるところだった。7番手の者は右手に強烈な衝撃を感じると同時に、ストックの先端から青い閃光が発せられるのを見た。8番手の者は、全身に強烈な衝撃を受け、千切れたビニール片のようなものが見えた。5番手と6番手および最後尾の者は、なにも感じなかった。