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山はおそろしい

「『あっ』と思ったら記憶がぷつんと途切れた」登山中の61歳男性に雷が直撃…槍ヶ岳で起きた“衝撃事故”の一部始終

「『あっ』と思ったら記憶がぷつんと途切れた」登山中の61歳男性に雷が直撃…槍ヶ岳で起きた“衝撃事故”の一部始終

『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』より #6

2023/05/05
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 雷に打たれたのは越中ひとりだけで、幸いほかの8人は無事だった。倒れた越中の状態を確認すると呼吸が認められたので、ツエルト(簡易テント)を被せて雨除けとし、男性メンバー2人が救助要請のためヒュッテ大槍へと走った。ほかの者はそばにあった岩陰に避難した。

仲間に声を掛けようとしたが…

 ヒュッテ大槍に駆け込んだ2人は、仲間ひとりが雷に打たれて意識を失っていることを報告し、救援を要請した。しかし、現場周辺は雷雲の真っ只中にあるため、迂闊に飛び出していくと二次災害が起きる可能性が高く、すぐに動き出すことはできなかった。

 被雷しておよそ10分後の12時20分ごろ、気がつくと越中は、雨の中で倒れていて、体にはツエルトが被されていた。雷が落ちた瞬間の記憶はまったくなく、なんでツエルトが被されているのだろうと思った。

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 腰から下が麻痺していて動かせず、耳鳴りもひどかった。とくに左耳は詰まったような感覚があって、なにも聞こえなかった。首、背中と腰に痛みがあり、左胸にも苦しさを感じた。

 しばらく朦朧(もうろう)としていたのち、ツエルトの空気穴から外をのぞいてみると、男性メンバーの顔が間近に見えた。声を掛けようとしたが、思うように声が出ない。越中が意識を取り戻したことに仲間が気づき、話し掛けられているうちにようやく声を出せるようになってきた。話を聞いて、自分が雷にやられたこと、仲間がヒュッテ大槍へ救助要請に向かったことを知った。

 二次災害の危険がほぼなくなった午後1時ごろになって、ヒュッテ大槍から小屋の支配人とスタッフひとりが救助に駆けつけてきた。その間、仲間に動かない足を伸ばしたりしてもらっていたので、足の痺れはとれていた。そこで「自力で歩けます」と言ったが、「いや、そのままで」と言われ、結局、支配人に背負われて小屋に収容された。 

槍ヶ岳の落雷直撃現場に救助隊が到着(写真提供=尾崎拓雄)

 小屋ではホットココアを飲ませてもらい、毛布にくるまれて暖をとった。仲間や小屋のスタッフが励ましの言葉をいろいろ掛けてくれたが、やたらと寒いうえ耳鳴りがひどく、背中、腰、胸も痛んだ。

 小屋に搬送されたときは、周囲はガスで視界不良だったが、徐々に天候は回復してきていた。午後3時に長野県警から連絡が入り、県警ヘリが松本を出たことを知らされた。その10分後にヘリが飛来してきて、越中をピックアップした。しかし、そのまま病院には直行せず、いったん涸沢で降ろされた。

 およそ20分後にもどってきたヘリに再度乗り込むと、機内には登山者がひとり横になっていた。越中同様、雷の直撃を受けた男性だった。男性が横たわったままぴくりとも動かないのを見て、「この方はダメなのかな」と越中は思った。

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