壮大な山の自然を感じられる登山やキャンプがブームになって久しい。しかし山では、「まさかこんなことが起こるなんて!」といった予想だにしないアクシデントが起こることもあるのだ。

 ここでは、そんな“山のリスク”の実例や対処法を綴った羽根田治氏の著書『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)から一部を抜粋。槍ヶ岳を登山中の男性、越中美津雄(こしなかみつお・61歳)さんに雷が直撃した。一命を取り留めて長野県警のヘリに救助されたが――。(全2回の2回目/1回目から続く) 

写真はイメージ ©iStock.com

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直撃した場合の死亡率は80%

 県警ヘリで救助された越中は、午後3時50分に松本市内の病院に運び込まれ、検査と治療を受けた。越中の仲間8人はヒュッテ大槍に泊まり、翌日、槍ヶ岳には登らず槍沢を経由して上高地に下山した。 

長野県警ヘリコプター「やまびこ」にピックアップされる越中(写真提供=尾崎拓雄)

 越中が落雷によって受けたダメージは、脳内出血、左鼓膜の破裂、中耳出血、蝸牛(かぎゅう)損傷、背中・尻・足の火傷など。病院には4日間入院して8月22日に退院したが、入院中は胸と腕に筋肉痛のような痛みがあり、あまり眠れなかった。

 また、飲み込む力が落ちていたようで、食事をとるときに食べ物や飲み物が喉に突っかかるような感じがしばらく続いた。

 体の火傷や衣類の焦げ跡、ザックや登山靴に開いた穴などから、落雷は左側頭部を直撃し、電流は左の中耳を破壊して首筋から脊柱へ走り、いったんは背中から抜けてザックを通ったのち、再び尻から体内に入って下肢へ向かい、両足から靴を突き破り外へ流れ出たものと推測された。化繊のアンダーウェアは、雷電流により溶けてしまってワカメのようにくしゃくしゃになっていた。

崖に転落して命を落とす可能性も

 雷に直撃されたにもかかわらず、奇跡的に損傷が少なかったことに、担当した医師は驚いていた。彼の見解によると、「雨でザックがびしょびしょに濡れていたから、雷電流がそちらのほうへ向かったのでしょう。心臓のほうに流れていたら助かっていなかったと思います」とのことであった。

 事故後、越中が本で調べてみたら、ほとんどの落雷事故では強い電流が体を通るため、被害者は高い確率で死亡するということがわかった。

「直撃被害者の死亡率は80%だそうです。例外として、雷電流の一部が体外へ抜けたことで体内電流の割合が減少し、死亡を免れることがあるらしいです。たぶんこれでしょう。強運だったのかもしれませんね」

 越中が雷に打たれて倒れた場所のすぐ横は、低いハイマツに覆われた崖になっていて、体の一部がハイマツに引っ掛かって転落を免れていた。もしもっと崖側に倒れ込んでいたら、雷電流が心臓を通っていなかったとしても、転落によって命を落としていた可能性もある。そういう意味ではたしかに強運だったのだろう。