「逃げ場はありませんでした」
越中は若いころにも一度、雷で怖い思いをしたことがある。夏に妻と2人で谷川岳の沢を登っていたときに、日暮れが迫るなかで大雨に見舞われ、ビバークすることになった。沢から高台に上がったササ藪(やぶ)のなかでテントを張る準備をしていたら、突如としてバーンという轟音が鳴り響き、2人の3メートルほど先に雷が落ちた。そこは周囲と変わらないただのササ藪で、なんでその場所に雷が落ちたのか、まったくわからなかった。
そんな経験があるだけに、雷の怖さは理解していたつもりだが、まさか自分が被雷するとは思ってもいなかった。
「早めに昼食を切り上げて出発したけど、間に合いませんでした。『あー、ヤバいな』と思っているうちに、あっという間に雷雲に取り囲まれてしまっていました。ほんとうに早かったです。判断は難しかったけど、あとから考えれば、開けた場所に出る手前の岩陰とか藪のなかで待機していたほうがよかったのかもしれません。あと、小屋に逃げ込むときに、姿勢を低くして這うようにして向かえばよかったのかなと。それは失敗したかなと思っています。ただ、あれだけ雷がバリバリしていたなかでは、どこにいてもいっしょだったかも。逃げ場はありませんでした」
あずまやへの避難は危険! 死傷者11人の事故も
落雷を要因とする山での遭難者数は年間0~数人程度で、割合的には非常に少ないといってもいい。しかし、それを以(もっ)て山での落雷事故のリスクは低いと考えるのは早計である。
雷は大気の状態が不安定なときに、積雲が発達して積乱雲(雷雲)ができることによって起こる。とくに夏季の山沿いでは、強い日差しに熱せられた空気の層が山の斜面に沿って上昇するため、積乱雲が発達しやすい。つまり夏山では気象的にも地形的にも雷雲が発生しやすく、大気の状態によっては何日も続いて雷が発生することも珍しくない。
また、雷には高いものに落ちるという特性がある。高いものの代表的存在ともいえる山は雷の恰好のターゲットであり、山頂や尾根、樹木などには雷が落ちやすい。そのわりに落雷事故が少ないのは、たまたま登山者がいないときに雷が落ちているからだろう。山頂に祀られている祠(ほこら)が壊れていたり、立木が裂けて倒れていたりするのは、雷が落ちた痕跡と思っていい。
ところで雷は基本的に一雷一殺といわれており、被害を受けるのは直撃を受けたひとりにかぎられる。だが、ごくまれに一発の雷で複数の被害者が出ることもある。
たとえば1967(昭和42)年8月1日、松本深志高校の生徒と教員計46人が西穂高岳を集団登山中に起きた落雷事故では、11人が死亡し、13人が重軽傷を負うという大惨事となった。これだけ多くの死傷者が出たのは、独標(独立標高点)と呼ばれる岩峰のピークに落ちた雷の電流が、地中に染み込んでいかず、雨を媒介として岩伝いに流れていったためと考えられている。