木の下に逃げるのは意外に高リスク
近くに逃げ込める山小屋がない場所で、不幸にも雷に遭遇してしまったら、なるべく低い体勢で窪地や谷筋、ハイマツ帯のなかなどに移動し、しゃがんで姿勢を低くしたまま雷雲が去っていくのを待つしかない(結果論であるが、それをしなかったことを、越中は悔やんでいた)。
とくに雷が落ちやすい山頂や岩場などにいるときは、できるだけ早急にその場を離れるべきだ。背負っているザックが頭よりも上に飛び出していたら、ザックを手で抱え、やはり姿勢を低く保って避難する。傘は絶対にさしてはならず、ザックに付けたテントのポールやストックなども頭より上に突き出ないようにしておく。
ちなみに昔は「金属類を身につけていると危険」といわれていたが、これは迷信である。身につけている時計やネックレスなどの金属類をわざわざ外す必要はない。
雷は雨を伴うことが多く、“寄らば大樹の陰”で心理的に大きな木の下に逃げ込みたくなるものだが、雷が木に落ちたときにそばにいると、木に落ちた雷の電流が人に飛び移ってくる「側撃(そくげき)雷」が起こる。木の下は決して安全ではなく、逆にリスクは高くなってしまう。
2019(令和元)年のゴールデンウィークには、丹沢の鍋割山で落雷による死亡事故が起きたが、亡くなった登山者は降り出した雨を避けようとして木の下に移動したところで雷に打たれたという。詳しい状況はわかっていないが、側撃雷だった可能性は高い。
ただし、高さ5メートル以上30メートル以内の木や鉄塔などの周囲には「保護範囲」と呼ばれる安全地帯が生じる。保護範囲とは、すべての幹や枝先(あるいは鉄塔など)から4メートル以上離れ、木や鉄塔などの頂点を45度以上の角度で見上げる範囲のことで、そのなかで低い姿勢を保っていれば、比較的安全だといわれている(安全性は100%ではない)。
雷が鳴っているときに山頂に登るのは自殺行為
また、雷雲が通り過ぎ、かすかに雷鳴が聞こえる程度まで遠ざかったとしても、決して油断してはならない。雷はときに10キロメートル以上離れた場所に落ちることもあり、遠くで「ゴロッ」と聞こえた次の瞬間に、自分の頭の上に落ちている可能性もある。越中の事故と同じ日に槍ヶ岳で起きた死亡事故は、その典型的な例だろう。
まして、天に向かって屹立する槍ヶ岳の岩峰は、さながら避雷針のようなものであり、遠雷とはいえまだ雷が鳴っているときにその山頂に登るのは、自殺行為に等しかったといっても言い過ぎではない。
事故後、越中は何人もの人から「山はやめないんですか」と聞かれたが、やめるつもりはまったくない。たまたま命が助かってよかったとは思っているが、ただそれだけのことだ。
「そもそも山自体が危ないところであり、なにがあってもおかしくはない」
越中は山をそう捉えている。