壮大な山の自然を感じられる登山やキャンプがブームになって久しい。しかし山では、「まさかこんなことが起こるなんて!」といった予想だにしないアクシデントが起こることもあるのだ。

 ここでは、そんな“山のリスク”の実例や対処法を綴った羽根田治氏の著書『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)から一部を抜粋。38歳男性登山者を襲ったハチ毒の恐怖を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)

写真はイメージ ©iStock.com

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沢登り中、頰にチクリで意識喪失

 石沢学(仮名・38歳)が、山仲間と2人で仙台近郊の沢登りに出掛けたのは2012(平成24)年8月18日のことだった。目指すは山形県山形市の東部、宮城県との県境に近い面白山(おもしろやま)高原の紅葉川。前回は紅葉川支流の権現沢を遡行したので、今回は紅葉川本谷(本谷=本流の流れる谷のこと)を詰めて(遡って)いって奥新川(おくにっかわ)峠に出て、一般ルートを下りてくる計画だった。

 石沢が登山を始めたのは高校に入学してからで、山岳部に所属し、高校3年のときにはインターハイ登山大会に出場して優勝した経験を持つ。登山の実績をアピールしての一芸一能入試で入った亜細亜大学でも8年間をやはり山岳部で過ごし、同級生だったのちの登山家、野口健とはアコンカグア(南米最高峰)やビンソンマシフ(南極大陸最高峰)への海外遠征をいっしょに行なった。

 働きはじめてからも社会人山岳会に籍を置き、縦走、雪山、沢登り、バックカントリー(スキー場のゲレンデではない、山岳地を滑降することをこう呼ぶ)など、オールラウンドに活動してきた。仕事柄、転勤が多いため、その都度、周辺の山々で細く長く登山を楽しんでいる。単独行とパーティ登山の割合は半々ぐらいだが、とくに雪山をひとりで縦走するのが好きだという。沢登りも好きなジャンルのひとつで、都内に勤務していたときは奥多摩や丹沢、北関東などの沢に通っていた。

 この日、2人は起点となる面白山高原駅を午前7時17分に出発。奥新川峠へ至る一般登山道を20分ほどたどり、権現沢の出合(であい)で入渓準備をすませ、紅葉川の本谷へと下降した。

 7時56分、紅葉川本谷に下りると、小さな釜(滝壺のこと)があるきれいな渓相が目に飛び込んできた。下流側には堰堤(えんてい。石やコンクリートの堤防)の滝と釜があり、上流側はV字状の谷となっていた。ここから遡行を開始する。