トランシーバーの相手は、外国人スタッフのドクターであったり、現地採用の看護師であったり、時には病院の設備担当者であったりした。用件は、入院患者の急変や重症患者の治療の相談が多かったが、入院させるマットがないという話(アウェイルの病院は常に入院率が150~200パーセントで、入院用のベッドはいつも足りておらず、床の上に寝かせるためのマットが足りないという話)や、あの薬が見当たらない、なくなったということなど、多岐にわたる。
たいていの場合、僕は病院に戻って話を聞き、指示を出した。解決できない問題も多かったが、そんな時は「アイ アム ソーリー」を繰り返したのち、宿舎に戻る。夜明け前に戻れることもあれば、そのまま日中の仕事が始まってしまうことも珍しくなかった。
急変した1歳の男の子の容態
その夜は、コレラの疑いがある患者さんの対応に追われ、ヘトヘトでベッドに入り、珍しくすんなりと眠りについたが、2時すぎにトランシーバーに呼び出されて、病院に向かった。
日中、発熱で入院した1歳の男の子が急変したという連絡だった。病院に着いて大急ぎで小児科病棟の処置室(入院患者用のベッドの隣に、粗末なつい立てを立てただけのスペース)に向かうと、そこには小児科医のアンと現地採用看護師のモーゼスがいて、すでに心肺蘇生(心肺停止の患者に対して行う、人工呼吸と胸骨圧迫などの一連の処置)を行っていた。
アンによれば、呼び出されて病室に到着すると、男の子はすでにショック状態で意識がない状況だったという。彼女は点滴ルート確保を試みたが、なかなかうまくいかず、そうこうしているうちに彼の心拍が停止したため、心肺蘇生を始めたということだった。
おそらくは敗血症性のショック(重症感染の結果、末梢血管が著しく拡張して、血管内の容積が著しく増加し、結果として血管内を満たす血液の量が相対的に不足することで極度に血圧が低下してしまった状態)からの心肺停止であろうことは容易に想像できた。今、やるべきことは、人工呼吸と胸骨圧迫を続けながら点滴ルートを確保し、急速輸液と抗生剤投与を行うことだった。そのことは、アンもモーゼスも承知していた。