僕はアンと胸骨圧迫を代わり、アンにできるだけ早く末梢の静脈に点滴ルート確保をと促した。
病院内は溢れかえる患者さんの熱気で、じっとしていても汗が噴き出すような状況だった。アンは必死に点滴用の針を男の子の腕や脚に刺すが、なかなかうまくいかない。ショック状態の患者さんの場合、そうでない患者さんと比べて、末梢の静脈に点滴ルートを取ることは至難の業と言っても過言ではない。そのため、骨に突き刺すタイプの特別な針(骨髄針)を使って点滴を行う方法が推奨されているが、アウェイルの病院ではその針を先週すでに使い果たしていた。
人が死ぬ時、なぜかたくさんのハエが集まってくる
首都の国境なき医師団本部に調達を催促していたが、天候の悪化により空路での輸送ができず(陸路での移動は危険が大きいためにもとより行っていなかった)、ストックが底をついた状況が続いていた。骨髄針がないことはアンも承知していて、何がなんでも手足の末梢の静脈に点滴ルートを確保しなければならないと必死だった。
5分経過しても点滴ルートの確保ができなかったため、胸骨圧迫をアンに頼み、今度は僕がチャレンジした。トライ・アンド・エラーを5分ぐらい続けた頃からだろうか。神経を集中させ、点滴ルート確保を試みる僕の手の甲に、数多くのハエがとまり始めた。払っても払っても僕の手の甲には10匹近いハエがとまってしまう。周りを見渡すと、その何倍もの数のハエが飛び回っていた。
いつか国境なき医師団の同僚医師から聞かされた話を思い出した。
人が死ぬ時、なぜかたくさんのハエが集まってくると。
「ハエなんかに負けてなるものか、こいつらの好きなようにはさせない」