「国は勝手に決めるだけで、実際にやるのは市区町村。足のように使うからこんなことになるんです。泣くのはいつも住民と現場の職員」。ある自治体の職員が諦め顔で言う。
マイナンバーカードによる公金受取口座の大量誤登録問題である。
怒りより、諦めが先行してしまうのは、これまで繰り返されてきた構図と同じだからだ。「また現場感のないまま制度設計し、やらされる側の市区町村の職員はたまったものではない」と、その職員はため息をついた。
公金受取口座は2022年に新しく導入された制度で、国民が預貯金の口座を一つずつデジタル庁に登録する。義務ではないが、登録しておけば給付金などの支給が迅速になるという。政府が運営するオンラインサービス「マイナポータル」からマイナンバーカードの取得者が登録するため、申請書類に口座情報を書いたり、通帳の写しを添付したりしなくて済むのである。政府などが対象者に自動的にお金を振り込む「プッシュ型」の給付も可能になる。
だが、この公金受取口座に別人の通帳が登録されたのではないかと疑われる事案が748件も発覚し、河野太郎・デジタル改革担当大臣が6月7日の記者会見で公表した。
なぜ、そのような事態になったのか。政府がマイナンバーカードの交付率を上げようと躍起になってきた経緯を振り返っておきたい。少し長くなるが、ここにこそ問題の発火点がある。
人々を動かした欲望と恐怖がセットになった“誘導策”
マイナンバーは全国民が1人1人つけられた12桁の個人番号だ。政府はこの番号の付与が終わると、次の段階として2016年1月にマイナンバーカードを導入した。12桁のマイナンバーや顔写真、氏名・住所・生年月日・性別といった「基本4情報」を記載・記録するICチップを埋め込みんだカードだ。しかし、カードの取得は任意だったので、交付率はなかなか上がらなかった。
そこで政府は人々の欲望をくすぐるような誘導策に打って出た。2020年9月、カードを作ればキャッシュレス決済で5000円分のポイントを与える「マイナポイント第1弾」を始めたのだ。それでも、あまり呼び水にはならなかった。5000円分のポイントとカードの必要性を天秤にかけたら、カードの必要性の方が低かったということなのか。
それなら、ということで政府は2022年、「マイナポイント第2弾」を開始した。取得したカードを健康保険証として利用するよう申し込んだら7500円分のポイント、さらに公金受取口座として登録すれば7500円分のポイントを上乗せした。
5000円分+7500円分+7500円分=計2万円分という大盤振る舞いになった。
5000円分では動じなかった人々も、2万円分となると違った。「2022年の春先からどんどん申請が増えて、一気に状況が変わった」と語る市区町村の職員が多い。