やっぱり、キャバレーを楽しみ切る大先生。このとき彼は、一粒で二度社交飲食の美味しさを堪能しているのである。30年前の腹を刺された夜、そして今夜。
こういう遊び。彼がサービス精神旺盛な大阪人であることを差し引いても、また730回の数字の盛り方、本当に刺されたかなんぞ検証しなくてもこのソファの上では真実だし、このとき客とホステスが非対称の関係では決して女性たちは本気で笑わないし、笑ってもらえなければ客本人も楽しめない。そしてそもそもがモテない。正々堂々、一緒に笑うのが社交。ちなみに藤井は彼女とは以後なにもなく、普通に指名し、以後も一緒に飲み続けた。
キャバレーはもはや古び、沈みゆくように見るのも間違ってはいないかもしれない。でも私は、大先生の遊び方を、成熟した夜遊びと見立てたい。
まるで居心地がよい「巨大なスナック」
ホステスたちもそう。かつては、人数多く、客たちとの「色恋営業」の攻防も激しく、この店でも馴染み客を取った取られた、靴を隠されたり、女子更衣室内で髪の毛のひっぱりあいも繰り広げられたが、もうそんな風景はない。男としては贔屓の子もいいが……よそ見して、他の子と飲んでみたい、となっても、別の子を指名はできない暗黙のルールを誰もが守る。ナツエねえさんは真顔で言う。
「同じ店でよそ見はしたらあかん。それしたいんやったら他所の店で遊んどきって。ホステスらの話は、『客を取った』とはならんねん。『寝取った』、になんねん。いま私らはそんなのはもうない」
いまは他のホステスたちとの仲を大切にしていると?
「そうよ。お客の気持ちは大事やけど、お客より、お友達関係がもっと大事やから!」
ナツエさん、ともえさん、見つめ合って微笑む。その雰囲気に惹かれて、最近働きだした女性も。
「私は、ここともう一軒のどっちかに働こうと思って迷ったんですけど、もう一軒のほうは『熟女バー』いうとこで。両方飲みに行って比べたけど、こっちの雰囲気に惹かれましたね」
入店5か月のりつこさんは微笑む。「お姉さんたちによくしてもらってます」といいそえた。コロナ禍3年、休業せざるをえなかった在籍ホステスたちのうち、辞めた者はほとんどいない。居心地がいいのだ。
ここまで聞いて、私はこんな気持ちになった。
ここは「巨大なスナック」のようだと。
キャバクラの客は嬢に付く。スナックの客は箱につく。前者は男女1対1、個人プレーを演じ、楽しむ店だが、後者は箱と人間のライブ感を楽しむ。オーナーには怪訝な顔をされるかもしれないが……スナック好きの人間としては本心からの賛辞なのだ。