大人気の肥桶
まったく美的でも不幸でもないが大人気となった被写体が、彼らがHoney bucket cart と呼んだものである。下水道システムが整っておらず、農業用に下肥が重用された当時、馬や牛が「ハニーバケット」すなわち肥桶を積んだ荷車を引く光景が、日本のあちこちで見られた。占領軍人たちに刻まれた日本の代表的な思い出の一つとなったらしく、ぜひとも本国の家族友人にも伝えたいと感じたのであろう、さまざまな撮影者の写真の中から発見される。写真では知ることのできないその臭いについては、映写時の「語り」で補完されていたかもしれない。
奉納の鉄製天水桶が社殿の脇に積まれている神社を写したスライドのマウントに、撮影者がふざけて「肥桶神社」とキャプションを入れている例がある(図4-4)。撮影を終えて基地に帰れば、寄生虫の蔓延を恐れた進駐軍が東京の調布と滋賀県の大津に開設した、下肥を使用しない大規模な水耕栽培農場で生産された「衛生的」な野菜を食べることのできた軍人たちにとっては、おぞましいものというより奇矯で可笑しなものと映ったようである。
写真4-17は現在の練馬区光が丘にあった占領軍住宅地のグラントハイツの川越街道側の入り口前を通り過ぎる、肥桶を満載した牛車を写したものである。(#3に続く)
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