本当のギャンブル依存へと足を踏み込んでしまった瞬間
「こんなに勝てるじゃないか。5万円の返済は後回しにして、15万円を元手にもっと増やそう」
ギャンブル依存者に共通する思考形態だ。ぎりぎりのところで踏みとどまっていた(かに思えた)ケイが、本当のギャンブル依存へと踏み込んでしまったのは、この瞬間だったのかもしれない。
結果的に、ケイにとってこのときの「大勝ち」は幸運なんかではなく、不幸を引き当てる「リーチ目」だった。
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勝負続行。それまでの好調がうそのように、15万円はスロット機のなかに吸い込まれていった。
いや、一時的にツキが落ちただけ。もう少し資金があれば勝てる──。根拠などかけらもない。自分勝手な確信、というより妄想に背中を押されて、消費者金融にUターンした。
再調達した分も失い、さらに借金……。もう止まらなかった。ギャンブルにおける、お決まりの負のスパイラルにのみ込まれていた。やはりこの日がターニングポイントだった。
かつて味わった興奮が体内に蘇ってくると、もう、後戻りはできなくなった。
それからは、家庭でも警察署でも、いつもパチスロのことが頭から離れなくなった。刑事としての仕事はきっちりやっている。皮肉なことだが、ケイの性分でもある生真面目さが、結果的に彼自身を追い込んでいくことになる。
現場で仕事に没頭している間は、自分のダメな部分を忘れている。が、職務から解放されると、いつだって罪悪感が襲ってきた。刑事としての責任感と、パチスロ狂いの二面性。かつて足を取られて動きが取れなくなっていた泥沼に、再び踏み込んでいる実感。そんな恐怖を紛らわすために足を運ぶ場所が、結局はパチンコ店だった。本末転倒の悪循環ながら、スロットマシンと格闘している間は、つかの間、自己嫌悪から逃れることができていた。
これだけは、絶対に妻に知られるわけにはいかない。休日にパチンコ店に行くために、事件、残業、多忙などと、場当たり的なうそをつき続けた。再び底の見えない深い沼に両足を取られ、ズブズブと沈み込んでいく。パチンコ店に足を運ぶ回数が増えれば、その分、借金は加速度的に増え、間もなく、消費者金融の利用限度額がいっぱいになるのも自明の理だった。
臨時収入の機会がない公務員にとって、返済のあてはまったく思いつかない。わずかに残っていた理性が壊れ始めていた。このころの関心は、「どう借金を解決するか」ではなく、「どうすれば次の借金ができるのか」に移っていた。しかも、迫ってくる借金返済をやりくりするために、新たな借金をするのではない。この期に及んで、パチスロの資金が欲しかったのだ。