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「本局は藤井の逆転負けではない」永瀬拓矢は“八冠挑戦”の藤井聡太に勝つために何を“捨てた”のか

「本局は藤井の逆転負けではない」永瀬拓矢は“八冠挑戦”の藤井聡太に勝つために何を“捨てた”のか

プロが読み解く王座戦五番勝負 #1

2023/09/07
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永世称号保持者5人のうち3人が揃い踏み

 四段と六段だった2人が、現在2人きりのタイトルホルダー、七冠と王座となり、大きな戦いを迎えた。

 永瀬拓矢王座に藤井聡太竜王・名人が挑戦する第71期王座戦五番勝負第1局は、8月31日、神奈川県秦野市「元湯陣屋」で行われた。

王座戦五番勝負第1局は数々の名勝負の舞台となった「元湯陣屋」(神奈川県秦野市)で行われた。筆者(写真左端)も現地入りした ©杉山拓也/文藝春秋

 藤井の八冠、タイトル独占に注目は集まるが、永瀬にも大きな記録がかかっている。永瀬が防衛すれば史上3人目の「名誉王座」になる。名誉王座の資格がある棋士は中原誠十六世名人と羽生善治九段のみ。連続5期か通算10期という厳しい規定だからだ。

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 私はその日、朝8時40分に控室に入って驚いた。立会人として永世棋聖の佐藤康光九段、新聞解説として十八世名人・森内俊之九段、そして日本将棋連盟会長として永世七冠の羽生善治九段が揃い踏みしていたからだ。現役の永世称号保持者は5人しかいないが(他に谷川浩司十七世名人、渡辺明永世竜王・永世棋王)、そのうち3人が集まっている。さらに日本経済新聞の観戦記担当が野月八段と、まさにこれ以上ないメンバーだ(羽生は午後から都心での仕事があるのにもかかわらず序盤の検討に加わり、名残惜しそうに帰っていったが……)。

 振り駒で先手となった藤井が角換わりに誘導する。永瀬はそれを受けて立ち、対局開始から7分後、22手目△4一玉。「早速ですか」と佐藤がいい、「出ましたね」と森内も声をあげる。現代将棋は玉も守りの駒なので、4二玉型で玉自ら中央を守るのがほとんどだ。それをあえて4一玉型での早繰り銀にしたのが永瀬の工夫。

 藤井は激しい順を避け、得意の4八金・2九飛型に組む。先手でこの配置にしたときの通算勝率は59勝6敗! なんと勝率約9割という「必勝」の陣立てだ。

 10時40分すぎ、▲6八玉を見て永瀬が7筋で戦端を開き、藤井も2筋から反撃する。4一玉を生かそうとする永瀬、とがめようとする藤井、両者膨大な変化を読みつつ、慎重に指し進めている。

昼食は通常メニューにはない特別名物「陣屋カレー」

 永瀬が58分使ったところで昼食休憩となった。昼食は、両者とも名物「陣屋カレー」である。ご存じの方も多いと思うが、名物といっても通常のメニューではなく、将棋や囲碁のタイトル戦か、宿泊客のルームサービスでしか注文できない特別な食事だ。ルーは2種類、ビーフと伊勢海老の乗ったシーフードという豪華なものだった。

伊勢海老の入った豪華な「陣屋カレー」 ©勝又清和

 タイトル戦の場合、おやつや昼食・夕食メニューは前日に決めてある。伊勢海老のカレーを見て「すごいボリュームだね」と思いつつ、夕食は何を選んでいるのかとメニューを見て驚いた。藤井のおにぎり2個に対し、永瀬は陣屋カレー(ビーフ&伊勢海老シーフード)連投となっている。