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 おいおい、夕食休憩は午後5時から30分しかないんだぞ。そんなにエネルギーを詰め込んで、永瀬は何百手指すつもりだ? 取材陣を家に帰さないつもりか? つい反射的に終電を確認しようとして苦笑いする。両者持ち時間を使い切っても午後8時20分なんだ。千日手や持将棋にでもならない限り、そんなに遅くなるわけがないじゃないか。

“八冠”がかかる藤井聡太竜王・名人 ©杉山拓也/文藝春秋

意表をつかれた永瀬が30分の長考

 対局再開後、永瀬は△7六歩で先手玉のコビンにいる銀を追い、△8六銀と飛車先突破を試みる。対して藤井は飛車取りで攻防の筋違い角を放つ。そして4筋の歩を取り込み、後手玉の頭上を狙った。

 永瀬が角を追って玉を移動すれば、藤井も玉を右に逃げる。難解なねじり合い。「一手一手候補手は多いですし、深く読まないと指せない手が多すぎるしで疲労がたまる展開ですね」と佐藤。59手目、藤井が飛車取りに▲7三歩を打ったところで夕食休憩に。

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 先述の通り2度目の陣屋カレーを注文していたはずだが、永瀬はたった15分で対局室に戻ってきて、しばらくしてまた自室に戻った。あまりに難しい局面に、いてもたってもいられないという感じだ。果たしてカレーはたいらげたのだろうか?

 休憩明け、永瀬が銀取りに飛車が回れば、藤井は守りの銀をぐいっと前に出す。「全員攻撃全員守備」が藤井将棋のモットーだが、玉のコビンにキズができるし、指しにくい手順だと声があがる。

 永瀬は明らかに意表をつかれたという顔になり、残り時間の3分の1を割き、約30分の長考で銀取りに5筋の歩を突いた。

控室で検討する羽生善治九段(左)と佐藤康光九段(右)の新旧会長コンビ ©勝又清和

 攻め駒を呼び込む怖い手で、1手間違えれば自陣がつぶされる。控室では、先手が角を切るのはまだ早いだろうと、永瀬の飛車の位置をずらせる順を検討していた。

 考えすぎて疲れた私は、メディアの控室に入った。普段は大盤解説会に使う広い部屋を開放していたが満員で、各紙の担当記者が揃っていた。藤井のタイトル戦はニュースバリューが高すぎて、どこもすべてのタイトル戦取材にきている。将棋会館で同時中継している自社棋戦を見守りながらだったりと大変だ。将棋連盟の職員に聞くと、今年5月に長野県で行われた名人戦第5局の1.5倍の取材陣がきたそうだ。そこにきていた王位戦七番勝負を終えたばかりの中日新聞記者と話をしていると、「藤井が角を切った!」とざわめきが起きる。