ずっと確実な手しか指さなかった永瀬だが、ここで踏み込んだ。84手目、2九の飛車に向かって△2六香と打ち、ただで取らせて△6九角と王手金取り。香を合い駒させてから、飛車取りに桂を打って藤井玉を包囲した。桂香を取ったのはこのためだったのだ。
藤井も負けずとやり返す。自陣の飛車を見捨て、後手玉近くでの桂交換から手にした桂を8四へ打つ。後手陣の飛車を取りにいったのだ。互いに飛車を入手した結果、永瀬玉に詰めろがかかった。だが、ここから永瀬の真骨頂を見ることになる。
98手目、1三にいた銀を1つ上がって玉の逃げ道を作り、△1三玉と逃げたのが端の突き捨てを逆用した絶妙の受け。佐藤の予言が図らずも当たった。それでも藤井は歩の垂らしなどで迫っていく。攻め駒が少ないのに、なんで詰めろを掛けられるんだ?
永瀬は底歩を打ち、金を犠打し、と秘術を尽くす。双方とも5時間を使い切り、秒読みの中、卓球のような緊張感に満ちたラリーが延々と続く。互いに大駒を成っては取り返す。2人が盤上で魂をぶつけ合っている。
藤井が扇子をクルクル回している。よく見ると扇子はボロボロだ。野月によると、対局開始時にはすでにこうなっていたそうだ。
両者とも互いの手を「意表をつかれた」と讃えあった
評価値は永瀬に傾いてきていたが、藤井の食い付きがなかなかほどけない。藤井玉もなかなか詰まない。永瀬の勝ち筋がわからない。思わず、「どうすればいいの!」とさけぶと、中継記者が「飛車打ち以外は負けとAIが言っています」。ええっ、そんな手が指せるの? とモニターを見ると、永瀬が落ち着いた手付きで飛車を5一に打ち下ろした。地面スレスレでボールをカットするような手だ。この飛車で角を盤上から消し、永瀬玉は安泰になる。
藤井はそれでも粘ったが、永瀬は安全確実な指し回しで逆転を許さなかった。
秒読みだけで50手も指し続け、終局は午後9時11分。
局後のインタビュー、永瀬は「先勝することができてよかった。(次局を)しっかり準備して挑みたいと思います」と、番勝負の先を見据えた。
今期先手番で初めての敗戦(12勝1千日手)となった藤井は、「厳しい状況になってしまったかなとは思いますけど、できる限り良い状態で対局に臨み、熱戦にできたら」と語った。
感想戦、序盤のデリケートなところは避け、中盤から終盤にかけて振り返る。両者とも互いの手を「意表をつかれた」と讃えあう。AIが示す修正案に対して藤井は「相手の玉が、(攻め駒から)遠ざかるのでやりたくなかった」と答えた。問題は永瀬が飛車取りに桂を打った局面だ。いったん飛車を逃げて、金を取らせてからスパートをかけるべきだったと、藤井は悔やんだ。