とはいえ、藤井が良くなったわけではない。陣地を広げるということは、逆に駒を打ち込まれるスキも多くなる。6四金・6三銀の金銀逆形はスキも多い。玉側に金を集結したのだから逆サイドが空いている。控室では角を敵陣に打ち込む手を検討する。十分やれそうですねと村山と話していて、ふとモニターを見ると、永瀬の角が4八にいた。村山と私で「▲4八角!」と同時に叫ぶ。
なるほど角の利きで遠く9筋を狙おうというわけか。じっくり行こうと、守りにも利かそうと。まさに永瀬印の一手だ。
77手目、永瀬が5九の飛車の利きを自らの駒で二重にふさぐ
この手を境に局面が動き出す。永瀬が9筋を攻めれば、藤井が中央から反撃を図り双方の飛車が5筋に回った。歩を取り合い、金銀がぶつかる。
ここで17時となり、夕食休憩に入った。第1局で永瀬は伊勢海老カレーを昼食、夕食と連投し、みんなを驚かせたが、本局ではクラブハウスサンドイッチと比較的おとなしかった。ところが藤井のほうが「五目焼きそば・春巻き1本つき」……とても美味しそうだが量が多いぞ。スタッフに聞くと「餡の量が多くてとてもボリュームがあります」とのこと。おいおい今度は藤井が長期戦の宣言かい? まあ今日は宿をとっているからいいか。
記者が集まる控室に行き、「今日も間違いなく長くなりますよ」と知らせると、「ああ締め切りの時間が」と悲鳴があがる。はたして明日の朝刊に本局の記事は間に合うのか。
17時10分には永瀬は対局室に戻り、体を揺らして考える。その7分後には藤井も戻る(あれだけの量をもう食べ終えたのか?)。
そして17時30分対局再開、金銀が交換される。せっかく飛車と飛車が5筋で対峙したのだからと、永瀬が飛車を活用する手順を検討していたのだが、なんと77手目、藤井の飛車の頭に歩を打った。何度も驚く控室。5九の飛車の利きを自らの駒でふさぐとは。飛車が攻めに使えなくなるけど、桂損になってるけど、藤井の飛車の活用だけは許さない。将棋ではなく勝負に徹した手だ。斎藤が「勝負としては……」と、何度も「将棋と勝負」を繰り返していたことを思い出す。
終盤になっても均衡を保ち続ける両者
さすがにこの歩打ちは読んでいなかったのか、藤井が動かなくなる。しかも休憩明けとタイミングも良く、藤井の時間を31分削った。だが、藤井も負けてはいない。飛車を自陣深く引き戻し、端に歩の連打で香車を9七へ釣り上げる。吊り上げる。その香に当てて、5筋に角打ち! 5一にいる飛車の利きを自ら止める自陣角だ。
先手が飛車先を自らふさいでいるなら、こちらもふさいで損はない。自陣角には自陣角。バランスが崩れているようで保たれている。「波長があっているんですねえ」と語った佐藤康光九段の言葉を思い出す。