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 将棋の決着は玉が詰む以外に点数勝負がある。飛車角の大駒が5点、小駒は一律1点で、31点以上あれば勝ちになる。藤井は竜を取り、さらに角を打って駒を取り続ける。入玉の経験は少ないはずだが駒の取り方が正確だ。

 一方の永瀬は、入玉せずリスク覚悟で玉で歩を取るが、やがて藤井の31点以上が確定した。

 10年前に「入玉宣言法」というルールが作られており、(1)宣言側の玉が敵陣に入っていて、(2)宣言側の敵陣の駒は玉を除いて10枚以上あり、(3)宣言側の玉に王手がかかっていない状態で、対局終了を宣言できる。そして敵陣に存在する駒と持ち駒の点数を足して31点以上あれば勝ちだ(24点以上30点以下は引き分け)。

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 208手目、3筋か9筋の歩を成り込めば敵陣の駒が10枚となり、すべての条件を満たして勝利宣言できる。タイトル戦初の宣言法での決着か、と見ていると、藤井が馬取りに歩を打った。えっ? そこに歩を打ったら条件を満たさなくなるぞ、一体何を考えているんだ。

 その疑問は続く△5六馬の王手で解決した。つ、詰んでいる! △5六馬から数えて19手詰めだ。

 藤井聡太はやっぱり規格外だ。秒読みだけで50手以上も指し、点数勝負に切り替えて、しかも相手玉が入玉寸前なのに、それでも詰ませることを考えていたなんて。自陣に何も抑える駒がなかったのに、空中に打った歩と飛車だけで捕まえてしまった。彼が1分あればどんな詰みでも読めてしまうことはわかっていたけど、この状況下で入玉形の難しい形の詰みを読み切るとは。

 22時2分、214手目の馬引きを見て、永瀬が負けましたと頭を下げた。

対局後の感想戦では笑顔の2人

 対局室に行くと、疲労困憊の2人がいた。永瀬は顔は紅潮していて、席を立つときによろめいた。藤井は解説会場で挨拶して戻ってくると、ウェットティッシュで何度も何度も顔を拭いた。対局室は冷房が効きすぎているくらい効いていたが、暑そうだった。

終局後、大盤解説会場を訪れた藤井聡太竜王・名人 ©勝又清和

 感想戦は藤井が戦端をひらいた局面から、互いの読みを披露しあう。永瀬が114手目に桂頭に歩を打つ攻めを示すと、藤井が「あー」と同意し2人は笑顔に。なんだなんだ、あれだけ壮絶な取っ組み合いを延々とやっておいて、なんで笑えるんだ。2人には投了とか終局とかという言葉よりも、ラグビーのノーサイドという言葉がふさわしい。敵と味方、勝者と敗者はいなくなり、盤上の真理を探求する者同士となる。