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 そして問題のあの場面、121手目に永瀬が飛車取りに金を打ち、即座に斎藤が「この手は危ない」と反応した局面に差し掛かった。藤井が平凡に馬を逃げる順を示して「かなり悪いと思いました」というと、永瀬は「そうか、そうでしたかあ……」と残念そうに呟いた。永瀬に少しでも時間が残っていたら、落ち着いて馬を逃げただろう。しかし、形勢の良い時間は一瞬で通り過ぎる。切ないけれど、それが将棋だ。

 藤井がまた駒台の歩をくるくると回し始めた。さらには金も回す。この癖を何度も見てきて、これは読んでいるのを楽しんでいる証拠だと私は思うようになった。そしていつも通り口頭感想戦になっていく。

「その意を汲んで、宣言法は考えませんでした」

 こちらは見ているだけで疲れ切っているのに、この2人のスタミナは何なんだ? 若さ? スタミナと言うより、アドレナリンとかで興奮状態なんだろうか。とはいえ時間も遅い。永瀬が察したかのように、観戦記者の大川慎太郎さんに「もういいですか」と声をかけて10時56分に感想戦が終わった。感想戦33分は最短記録だろうか。藤井が「もう終わっちゃうの?」という表情をしてたように見えたのは気のせいだったか。

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今期の五番勝負に「名誉王座」の永世称号がかかる永瀬拓矢王座 ©勝又清和

 最終盤については、後日、藤井から直接聴くことができた。

 まずどこから点数勝負に切り替えたのか? 180手目に成香で金を取るつもりが、玉を上に逃げられて寄せられないことをウッカリしていたのだという。そこで、竜を取れば点数が足りそうなので点数勝負に切り替えて本譜のように銀を取ったという。それをまた詰ますほうに切り替えたのは、永瀬が205手目に玉で歩を取ったのを見てだった。藤井は言った。

「その意を汲んで、宣言法は考えませんでした」

 それはつまり、点数勝ちでなく寄せきってみせろという永瀬の意地を、だ。2人は戦っている最中も盤上で対話をしていたのだ。そして一分将棋のなか、209手目に馬を寄られたところで、詰みを読み切ったという。

藤井が対局室を去った後も永瀬は席を立たずに将棋の話

 不動駒はゼロで、とにかく両者の玉が動いた。永瀬は玉を8八まで囲ってから3三に到達するまで14手。藤井玉は7二に囲ってから5一を経由して1八まで12手と、双方合わせて26手になる。私は駒がしまわれるのを見ながら、2枚の玉に触ってみたいと思っていた。どれだけの熱量がかかっていたのか。敵陣に進軍させるとき、どんな感情を込めていたのか。激しく戦った駒達が、敵も味方もなく駒袋にしまわれていく。ノーサイド。

 藤井が対局室を去った後も、永瀬は席を立たず、大川さんと村山と将棋の話をしていた。永瀬は冷静に感想戦をしていたが、そりゃやっぱり、悔しいよなあ。

 さあ、改めて三番勝負だ。

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