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「冷静にと金を作って攻めた永瀬先生が間違えるとは……」と室田が言えば、糸谷も「私も昨日詰みを逃して負けたんですが、つらいですよね」と永瀬の心情を慮った。私が「そもそも△5五金と馬取りに打ちそうなのに、なんで銀を打ったんですかね」と言うと、西田が「いや、違うんです」。

「インタビューで永瀬さんは▲6二飛を読んでいたと話していましたよね。おそらくですが、▲6二飛△3三玉に▲4三馬!の寄せを考えていたんです。△同玉は▲4四金で詰みですし、逃げても詰みますから。ところが△5五銀と打たれたので、銀が4四に利いてしまい成立しなくなったと。つまり藤井さんが銀を打ったのは、▲4三馬の筋を消す意味があったんです」

 藤井も永瀬と同じ筋を読んでいた。そして△5五銀は「首を差し出しましたのでどうぞ寄せてください。ただし、あなたの読んでいた勝ち筋はつぶしました」という、恐ろしい一手だったのだ。驚きつつも、「だけど、本譜では△2二玉に▲3一銀△1二玉▲2二金としても取られて」と私が言うと、「いや、それは清算して▲4二飛と王手されたときに合駒が悪くて」と西田に言われ、「あっ」と叫んだ。

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 藤井の駒台には飛車金銀しかない! どれを合駒しても取られ、その駒を使われれば詰んでしまう。

「だから▲2二金には逃げないと詰まされる。逆に▲2二飛は逃げると詰み。なので逃げ切る手順は一通りしかなかったんです」

控室では、多くの関係者が戦況を見守っていた ©勝又清和

「藤井快勝」というフレーズを一回も使えないタイトル戦は初めて

 西田の明快な説明を聞きながら、私は背筋が寒くなった。

 藤井が桂香を使い切ってしまったことで、逆に永瀬の▲5三馬を誘発した格好になったのだ。

 ▲4三馬で仕留めるというのはとてもエレガントな解答だ。しかし、金ではなく銀を打たれて、その筋を消されて慌て、藤井の駒台に桂香がないのを見て、詰みだと勘違いしてしまった。手が見えなくなったのではない。幻を見てしまったのだ。幻の詰みを。

「それにしても、藤井さんは、△4六飛を読んでいたんですねえ」

 とため息まじりに西田がいい、皆うなずいた。皆がどういう感想を抱いているか、聞く必要はなかった。