永瀬の第1局の後手4一玉形早繰り銀、第3局の雁木袖飛車、そして第4局の4五桂速攻、藤井の第2局での攻撃的右玉、どれもこれも練りに練った素晴らしい作戦だった。そして4局すべてで藤井は苦戦し、負けを覚悟した。「藤井快勝」というフレーズを一回も使えない、初めてのタイトル戦だった。結果としては藤井の3勝1敗だが、この五番勝負は永瀬拓矢のものだと私は思っている。永瀬の戦いぶりを忘れない。
「シリーズで印象に残った1局は?」と聞くと…
最後は打ち上げに誘っていただいたので、ありがたくおじゃました。
藤井と同じテーブルになり、「夕食休憩は30分だけだったけど、いつも食べ切れてたの?」と聞くと、「はい、大体はいただきました」。「えっ、どれもボリュームあったけど……今日の天丼も?」とさらに聞くと、ニコニコしながら「食べきれないような量ではありませんでした」と言う。打ち上げでも肉を中心にもりもりと食べている。そうか、それだけ脳をフル回転させていたということか。そして胃袋が若い。
「シリーズで印象に残った1局は?」と聞くと、うーんと唸って「すぐには答えられません」と言った。そうだよね。ごめんね、疲れているのに不躾な質問をして。
盤上では△5五銀のような恐ろしい罠を指しながら、盤外では屈託のない笑みを浮かべる青年。眼の前にいるのに実在しているとは思えない。起きていることが現実なのに現実感がない。リアルなのにリアリティがない。
藤井の「先天的な才能」は神様から与えられた「ギフテッド」
挑戦者決定トーナメントの村田顕弘六段戦、五番勝負の第3局と第4局、どれも絶体絶命だった。そのピンチをくぐり抜けた。
それはすべて藤井の終盤力によるものだ。自玉と敵玉の詰み不詰みを、幾通りも長手数にわたり、ごく短時間で読みきる。これらは膨大な努力をしたからといって誰でも可能になることではない。ずっと藤井の将棋を見てきても、「強さの秘密」なんて見つかるはずもなく、毎回衝撃を受ける。だからもう「先天的な才能」としか言いようがない。将棋の神様から与えられた天賦の資質、そう「ギフテッド」というものだ。
いや、藤井こそが、神様が将棋界に与えてくれた、最高の「ギフト」だ。若き八冠王が切り開く、将棋の真理、将棋界の未来、物語の新章がここからはじまる。
写真=石川啓次/文藝春秋