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 その一つが、英外務省に送ったレポートで、内容は、中東情勢だった。

 1973年6月、ワシントンで米ソ首脳、ニクソン大統領とブレジネフ書記長が会った際、中東が議題に上がった。そこで、合同の軍事行動を起こし、油田地帯を、米ソで分割する合意がなされたという。

 目下、アラブは、油田を国有化し、供給削減をちらつかせている。それに、米ソは不満を募らせ、共同で対抗するつもりだ。カリフォルニアの砂漠で、米海兵隊の部隊が演習を行っている。その後、彼らは、地中海の第6艦隊に回される。また、ソ連海軍も、インド洋や地中海で演習をしているという。

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「こうした中東での米ソの企ては、あのヒトラーとスターリンによるポーランド分割を思い起こさせる。そうなれば、中東に石油権益を持つ英国、輸入の80パーセントを同地域に依存する日本に、最も深刻な危機をもたらす」

 もし、これが事実なら、大変な話である。東西冷戦で対立しているはずの米ソ、じつは、それが裏で結託していた。たしかに第2次大戦前の独ソ不可侵条約、ヒトラーとスターリンの密約に匹敵する。

 さすがに英外務省の幹部も、半信半疑だったようだ。だが、3週間後、彼らはこぞって、その警告を思い出す羽目になる。中東で突如、戦端が開かれたのだ。

 同年10月6日、ユダヤ教の祭日「ヨム・キプール」の日、エジプトとシリアの軍勢が、イスラエルに奇襲攻撃をかけた。イスラエルは、緒戦で敗北を喫するが、やがて反撃に転じた。国連の停戦決議も受けて、約半月後に戦いは終わる。そして、本当の危機は、ここから始まったのだった。

アラブの脅しに耐えられなくなり、米国は軍事侵攻へ…

 開戦から10日後、OPEC(石油輸出国機構)は、原油価格を、一気に70パーセント引き上げると発表した。その翌日には、イスラエルが前の中東戦争で占領した土地から撤退するまで、生産を、毎月5パーセント減らすと決めた。

 さらに、11月4日、アラブの友好国以外に対し、生産を、9月比で25パーセント減らし、その後も毎月5パーセントずつ減らすとした。つまり、アラブの言うことを聞かないと、半年後に半分、1年後は、8割の油が入ってこない計算になる。

 それに震え上がったのが、米国や欧州、日本など消費国だった。特に日本は、原油のほぼ全量を輸入し、アラブは重要な供給源だ。禁輸、すなわち火力発電の停止を意味し、政府も電力会社も真っ青になった。