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米国を突き動かしたものとは…

 戦火が上って以来、キッシンジャーは、国務省に何度か、石油会社の人間を招いている。エクソン、モービル、ガルフなど、メジャーと呼ばれる国際石油資本の首脳たちだ。

 第2次大戦後、中東では、次々に大油田が発見されるが、その生産と流通は、欧米の一握りの石油会社に牛耳られた。川上から川下、油田の調査から採掘、精製、販売と、事業の流れの全てを握った。産油国には、一方的に決めた公示価格に基づき、利権料、所得税を払う。

 産油コストが安いので、黙っていても、莫大な儲けが入った。文句を言っても、アラブには、石油を掘って売る人材もノウハウもない。まさに蹂躙と言ってよかった。

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 このメジャー首脳を招いた席で、キッシンジャーは、アラブとの交渉を説明し、協力を求めた。最新の戦況やサウジアラビアの王族の内情、欧州や日本の動き、いずれもトップシークレットに属する。そして、メジャー首脳は、口々に禁輸への不安を訴えた。

 議事録によると、両者の利害が一致し、運命共同体という印象も受ける。中東侵攻は、メジャーが築いた権益を守ることも意味したのだった。

 そうした思惑に、アラブも気づいたようだ。

 11月下旬、サウジアラビアのアハマド・ザキ・ヤマニ石油大臣は、デンマークのテレビ局のインタビューに応じた。そこで、米国が軍事行動を取れば、自殺行為とした。そうなれば、アラブは、油田の爆破で応じる。生産が激減しても、価格がさらに上がり、収入は減らない。自分たちは、一向に困らないという。

 世界最大の産油国、サウジアラビアが、自らの手で油田を爆破する。そうなれば、影響は計り知れない。価格の上昇はおろか、物理的に手に入らなくなる。そうなれば、日本にはまさに悪夢だ。一歩間違えば、世界は、地獄に落ちていた。