「頼清徳さんの勝利を祝って、カンパーイ!!」
私の目の前に、一斉にビールジョッキが差し出された。一瞬逡巡して周囲を見回したが、店内に他の客はあまりおらず、近くにいる台湾人は私の連れのO君だけだ。ここはやむを得ない。私は表情筋を笑みの形に変え、ジョッキを掲げておくことにした。
台湾総統選が実施された1月13日夜、台北市内の話である。私は日本人の知人から夕食に誘われ、取材現場を離れて約束の店にやってきた。すると、現場には主に保守系の日本人15人ほどが集まり、民進党陣営の勝利を祝っていたのだ。
著名なジャーナリストや尊敬する同業者の方もおられた場なので、この宴会自体の是非は論評しない。ただ、海外の選挙の開票当日にわざわざ現地に渡航して、志を同じくする日本人同士で集まり(私の友人のO君を除いて現地人は誰もいない)、現地の一政党の勝利を我がことのように祝う宴会が「奇観」に見えたのは確かだった。
台湾民意の8割は現状を認めている
いっそうの奇観は日本のネット空間でもみられる。いわゆる「台湾に詳しい人」の一部に、SNSのハンドルネームや自己紹介に「台湾独立支持!」と書いたり、緑色の台湾独立旗をアイコンに入れたり──。つまり、他国の特定の政治的イシューをわがことのように主張して情報発信をおこなう人たちが、少なからずいるからだ。
ちなみに、台湾独立(中華民国体制の撤廃)と中台統一(現在は実質的に中華人民共和国支配の容認)について1994年から世論調査を続ける国立政治大学のデータによると、2023年時点で「すぐにでも独立すべき」は台湾の民意の4.5%にすぎない(なお「すぐにでも統一すべき」は1.6%)。
回答の最多は「永遠に現状維持」の32.1%で、その次も「現状を維持しつつ後で決める」の28.6%だ。これに「無反応」6.0%を加えれば、実は台湾の民意の66%以上は台湾独立に熱意を持っていない。
他の回答は「独立寄り」21.4%、「統一寄り」5.8%である。ゆえに広い意味での台湾独立支持者は台湾人の4人に1人ほどはいる。ただ、「〇〇寄り」は統独について政治的立場は示しつつ現状を容認しているともいえる。そういう意味では、現代台湾の民意の8割以上は、統一も独立もしない状態をひとまず認めている。
いっぽう、台湾の与党である民進党は、本来は台湾独立綱領を持つ政党だが、現在は「中華民国台湾」という枠組みを示して台湾独立の主張を実質的に封印している。日本の自民党が、実態としては憲法改正に踏み切ろうとしないのと似たような話だ。
社民党を熱烈支持する「ヘンな外国人」集団発生
つまり、日本のSNSで「台湾独立支持!」を強調する人が少なからずみられる現象は、現実の台湾の世論感覚からはかなり奇妙な光景である。