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 近年の日本での「台湾有事」言説の流行や、今回の総統選で「中国の介入」が盛んに議論されたのは、おそらくこうした事情がある程度は関係している。もちろん、中国が台湾を狙っていることも、ディスインフォメーション(意図的な誤情報の流布)工作をおこなっていることも事実だが、リスクやその影響がかなり過大に見積もられているのだ。

 ちなみに、台湾で「中国の介入」やディスインフォメーションの研究をおこなう機関は、基本的に民進党寄りだ(これに限らず台湾の研究機関やNPOは民進党か国民党のどちらかに近いことが多い)。彼らに実際に取材してみると、コロナ関連のデマの流布などの明らかに中国の匂いがする情報工作も指摘しているいっぽう、ただの与党批判を「民主主義への攻撃」として扱っていたりもするので、ちょっと慎重な姿勢で話を聞いたほうがいいと感じることもある。

 見方を変えれば、民進党は日本なりアメリカなりに対して、それぞれ別の顔を見せて上手に売り込んでいるのだ。彼らは自分自身でも「民進党=台湾」「民進党=民主主義」だと考えており、その認識を外向けにも流し続ける。民進党の対外プロパガンダ能力は、老政党ゆえに発信がダサくなりがちな国民党や、若者向けの内向きな発信が多い民衆党と比べても際立ったものである。

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「エモい」台湾ナショナリズム

 ……と、あれこれ書いたのだが、日本人が民進党を好む理由について、この記事はまだ7~8割程度しか説明できていない気がする。理由は私自身、これだけ突き放しているつもりでも、やはり民進党に情緒的な愛着を覚える部分がゼロとは言えないからだ。

「民進党=台湾」の枠組みを受け入れるようでシャクな気もするが、歴史的に見て台湾ナショナリズムを最も体現してきた存在が民進党なのは、やはり間違いない。

民進党草創期の機関紙。台北の国史館の特別展で撮影 ©安田峰俊

 この台湾ナショナリズムは、日本統治時代に徐々に原型が形成され、やがて1980年代~90年代に支配者の国民党自身を変質させて、いまや台湾社会にすっかり定着した。「自分は中国人ではなく台湾人だ」という言葉は、40年前なら発言に相当な勇気が必要だったはずだが、いまの台湾では子どもでも普通に口にしている。

 日本もすこしだけ関わったこの事実は、やはり非常に「エモい」。台湾ナショナリズムは日本人にとってエモいのである。

1月11日、頼清徳の造勢大会で見かけたおばちゃん。民進党のイベントにはこういう人たちがいるので心打たれてしまうのだ ©安田峰俊

 ただ、ひとりよがりな情緒に流されると判断を誤る。台湾における民進党は支持率が40%程度のいち政党であり、現地の国民は政策やスキャンダルのほうにずっと敏感だ。いっぽう、台湾ナショナリズムはいまや国民党や民衆党も受け入れており、この部分はすでに日本人が想像するほどは争点にならなくなっている。

 台湾人から見て「ヘンな外国人」にならないためには、エモさのコントロールと現実の理解が必要になる。そんな指摘ができるかもしれない。

戦狼中国の対日工作 (文春新書 1436)

安田 峰俊

文藝春秋

2023年12月15日 発売