祝日の三月二十一日、とんでもないことが起きた。新刊の発売記念で岩下志麻とトークイベントをさせていただいた一時間後に、今度は連載のために石橋蓮司にインタビューすることになったのだ。
一回のイベントやインタビューには入念な準備をし、聞き役として最大限の緊張と集中をもって臨む。そのため、一日一件でもヘロヘロになる。そこに、この超重量級のお二人が立て続けだ。が、いずれも「満点の出来」と自己満足したい結果を得ることができ、おかげで帰っても疲労感はなく、テンションが高かった。
その勢いで観たのが、今回取り上げる『悪霊島』だ。岩下と石橋が、壮絶な芝居をみせてくれた作品である。
瀬戸内の因縁めいた島を舞台に起きた連続殺人事件に、鹿賀丈史の演じる名探偵・金田一耕助が挑んでいく、横溝正史らしい陰惨な展開の本作だが、篠田正浩監督はそこに一工夫を凝らしている。
金田一と共に島を訪れるヒッピーの青年・五郎(古尾谷雅人)の回想という視点で事件を描き、劇中の事件当時に流行っていたビートルズの楽曲をBGMに使う(DVDではカバー曲になっているのが残念)ことで、おどろおどろしい横溝ワールドが青春映画のように爽やかなノスタルジックさの中で綴られていった。
岩下と石橋は、もちろん「おどろおどろしい」担当である。
岩下が演じるのは、島の実質的支配者でもある刑部(おさかべ)神社の跡取り娘・巴と「ふぶき」という二人の人格だ。貞淑でおしとやかな巴と、常軌を逸した色情魔である「ふぶき」――この両極端な役柄を岩下は狂気の出し入れを見事に駆使して演じ分けている。
そして、巴の横に付き従っているのが、石橋の演じる刑部神社の使用人・吉太郎だ。感情を表に出すことなく、神社と巴のために陰で蠢(うごめ)く様は、不気味な危険性を放っていると同時に、そのストイックなまでの寡黙さはある種のダンディズムすら感じさせた。
どちらか片方だけだと不安定なカオスを放ち、それが作品全体に不穏な空気を生み出していた。一方、二人が並ぶとまた別の感覚を覚える。
特に象徴的な場面が――未見の方のために詳細は避けるが――終盤に訪れる。ここで岩下と石橋は同じような衣装を着て歩いているのだが、その画(え)の異様さにもかかわらず、岩下の熱情的な狂気と石橋のクールさとが抜群のバランスで映っているため、不思議な安心感に包まれているのだ。見事に息の合った芝居だった。
凄いお二人と一日のうちにご一緒できたんだな――。ラストでの五郎と同じように、心地よい懐かしさと共にその姿を見つめている自分がいた。