タモリはしばしば、自身を“なりすまし”だと称する。
たとえば、30歳で芸能界に入ったタモリは、デビューから4年ですでに『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ系)でお笑いの審査員のようなことをやっていた。他の審査員はベテランの芸人や芸能人が多いし、なにより審査される側の芸人の多くがタモリより先輩だ。いわばタモリは、本来自分には務める資格がないはずの審査員になりすましていたわけだが、そんな芸人初期の出来事を、タモリは自身の人生全体にまで敷衍する。
「俺の人生は、なりすまし人生だよね」
「今から考えると冷や汗が出るんだけども、30(歳)でこの世界に入って、34(歳)ぐらい、4年目で『お笑いスター誕生!!』ってのがあって、それの審査員やってた」「(俺が)審査する人は、とんねるず以外、全部俺よりもキャリアがある人ばっかり。えっらそうにしてたよ」「俺の人生は、なりすまし人生だよね」(『笑っていいとも!』フジテレビ系、2014年1月20日)
そんな言葉を聞くと、『ブラタモリ』で見せてきたような知性の人といったイメージも、まるで、なりすましの延長上に見えてくるかもしれない。
さまざまな分野について造詣が深い、知者としてのタモリ。あたかもいろいろ知っているかのように思わせる、なりすましの達人としてのタモリ。さて、本当のタモリはどちらなのか――。
いや、その二者択一に罠があるのだろう。どちらかに切り詰めた途端に、タモリがおもしろくなくなるのだろう。タモリの言葉を借りれば、「わかんないところは、わかんないでいい」。そのわからなさに、タモリの真骨頂があり、おもしろさがあるはずだ。
毎日、新聞を読む理由は…
そもそも、知者であることと、なりすましであること、両者はタモリのなかで別物ではない。タモリはタクシーに乗るとき、運転手との会話の流れのなかで、いけるタイミングがあれば医者なり大工なり何か別の職業の人になりすますことがあるのだという。ただ、そのためには必要なものがある。他でもない、知識だ。
「僕は新聞を毎日ほとんどの面を見るんですけど、それは勉強のためじゃなくて、なりすましの材料を集めるために、新聞をずーっと見てるんです」(『徹子の部屋』テレビ朝日系、2013年12月27日)
さまざまな知識に広く通じていることと、自身から離れた存在になりすますこと。タモリにおいて、それは表裏一体なのだ。知者がいるのではなく、なりすましがいるのでもなく、両者が渾然一体となった男がそこにいる。
どちらか一方だけでわかりやすく捉えようとする私たちの視線を、タモリは、そしてタモリのおもしろさは、泰然とすり抜けていく。