日誌によると、ある島でロジャーズは、アレクサンダー・セルカークというスコットランド出身の船乗りに出会い驚いている。セルカークは、船に置き去りにされ、4年以上もそこで耐乏生活を送っていた。並外れた創意工夫によって何とか生き延びてきた。枝をこすり合わせて火を起こすことを学び、動物を狩り、野生の蕪を採った。「服が擦り切れると、彼は自分で山羊の皮を使い帽子兼コートを作ったが、縫い合わせるのに……針ではなく釘を使うしかなかった」とロジャーズは説明している。
さらに、セルカークは所持していた聖書を拾い読みしていたので、「この孤島にいるうちに、以前よりもましなキリスト教徒になったと語った」という。ロジャーズはセルカークを「この島の絶対君主」と呼んだ。物語というのは人から人へと伝えられ、やがて海のように広い地域に浸透して神話になるものだ。やはりセルカークの物語も、作家のダニエル・デフォーの手によりロビンソン・クルーソーの物語としてまとめられ、1719年に世に出ている。この物語は、英国人の創意工夫の才ばかりでなく、英国が遠い異国を植民地支配することへの賛歌でもあった。
バイロンと仲間たちは自然の力に打ちのめされながらも、まだ見ぬファン・フェルナンデス諸島の島影に焦がれたことだろう。壊血病が見せる幻覚のせいで、期待はいっそう募ったに違いない。ミリチャンプの言うその「待望の島」に、みなが思い描いたのはエメラルド色の草原が広がり、清らかなせせらぎが流れている様だった。教師のトマスは日誌で、その島をジョン・ミルトンの『失楽園』の楽園になぞらえている。
悪夢から逃れるため、艦隊が向かったのは…
4月のある晩、バイロンたち艦隊の一行は、ドレーク海峡をかなり進みホーン岬のある島〔オルノス島〕の西側まで到達したので、いよいよ北上できると判断する。このまま北上すれば、無事にファン・フェルナンデス諸島に到達するはずだ。
ところが、風上に上タッキング手回しさせてから間もなく、アナ号の見張りが月明かりに照らされた奇妙な構造物に気づく。岩だ。アナ号の乗組員は警告のために大砲を2発発射した。おかげで、すぐさま他の船の見張りも風下側の岸(リーショア)にそびえ立ち、月明かりに輝いている岩を視認した。ある艦長は、「とてつもない高さにそびえる黒い二基の塔のよう」だったと日誌に記している。
またしても、航海長たちの推測航法の計算が間違っていたのだ。今回は、航路が数百マイル〔数百キロ〕もずれていた。艦隊が今進んでいるのは大陸南端の西側ではなく、風と海流によって東に流され、大陸に押し付けられていたのだ。ぎりぎりのところで方向転換し、難破はまぬかれた。だが、ドレーク海峡に入ってから1カ月経つというのに、いまだに「盲いしホーンの憎悪」から逃れることができずにいた。ミリチャンプは日誌に、「乗組員たちは今やほぼ全員が、陸に上がることを絶望視し、自ら進んで命にかかわる病に身を委ねている」。彼らは「先に死ぬことのできた幸運な者たち」をうらやんだ、と記している。
バイロンも気力を奪われていた。大陸から離れようと艦隊が向かったのは、ロビンソン・クルーソーの島とは反対方向の南だった。しかも、ようやく逃れた嵐の渦へとふたたび突っ込もうとしていた。