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NTTデータグループ女性執行役員が語る「大企業が陥る危険な罠」

NTTデータグループ女性執行役員が語る「大企業が陥る危険な罠」

『サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠』を池田佳子氏が読み解く

6時間前

source : 文春文庫

genre : ビジネス, 読書, 社会, 働き方, 経済, 企業

note

経営の真髄を突いた、経営ど真ん中の本

──池田さんは、この本を、折に触れて何度か読み返しておられるそうですね。

池田 最初に読んだときは、まだ課長か部長の頃でした。この本で「サイロ」という言葉を初めて知り、「そうだったのか」と腑に落ちることも多々ありました。NTTデータが事業部制をとっていることもあり、事業部間の連携や横のつながりがよりスムーズになると、いいことがさらにたくさん生まれていくだろうな、という感想を持ったのですが、経営層の一員になってから改めて読み直すと、これはもう経営の真髄を突いた、経営のど真ん中の本だなと思うようになりました。

──最初はどのようなところが面白いと思われたんですか?

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池田 私は法務畑が長かったのですが、法務というのも高度な専門家集団です。毎年、専門知識を持った非常に優秀で熱意のある社員が集まってきます。しかし、一方で、社内の他の事業部から相談を受けたときに、法律の知識に依拠して頭でっかちな対応をしてしまうケースもあったんですね。一生懸命、法律を調べて真面目に答えているのに、相談する側にとっては、求めている答えとは違う……というズレは、見ていて歯がゆいものがありました。それぞれの部署の常識や利益にとらわれず、会社にとって何が重要かを常に念頭に置いてコミュニケーションを取りたい、と思っていましたので、当時は、いわばサイロの中から、共感を覚えたんだと思います。

 

あらゆる組織はサイロ化する宿命を負っている

池田 今、経営層の立場からこの本を読むと、また新たな発見があります。サイロを俯瞰で見る感覚ですね。経営幹部層になるときに研修で、上司に「虫の目 鳥の目 魚の目」という言葉を教えてもらいました。接近して複眼で見て、鳥瞰で業界や社会全体を見渡し、流れの中で物事を見る……という意味です。

 著者のテットも言っているように、サイロというのは決して悪いことではないのです。社会が複雑化し、業務が高度専門化する中で、あらゆる組織はサイロ化していく宿命を負っています。時には、たこつぼに深く深く潜ることも必要ですが、常に「虫の目 鳥の目 魚の目」で自分たちの組織を見つめ直すことの大切さを、今は強く感じていますね。

──池田さんは、この本を昇進を控えた部下に勧めていらっしゃるそうですね。

池田 昇進試験はディスカッション形式が多く、どんなテーマにも対応できるように広い視野を持たなければなりません。また、役職が上がるたびに、自分の目線を上げ、自分のことだけではなく、周囲も見渡し、改善点を見つけられるようになる必要があるからです。

 今、私はサステナビリティの部署を担当しているのですが、サステナビリティは、財務諸表などの数値では表せない「非財務指標」、人的資本や環境への影響、顧客満足度や従業員満足度といったものが大事になってきます。今、非財務指標は将来的な財務指標につながっていくといわれているのです。

 この部署には、二つの室があって、それぞれが非常に難しいことをやっています。その専門性はしっかり残すべきですが、基本的に、私はすごく「混ぜる」ということを意識していますね。ワークショップやディスカッションや研修の際は、必ず異なる部署のメンバーを入れるようにしています。

 先日も新入社員が入ってきたんですが、みんな大学や大学院で素晴らしい研究をしてきて、私よりも深い専門的知識を持った優秀な人たちばかりです。そして、会社に入って自分の専門性をさらに突き詰めようという意欲に燃えているんですね。

 

新入社員に伝えたい「自分から情報を取りにいく大切さ」

──昨年実施された正社員を対象にしたアンケートで、「入社一年以内に習得したいスキル」の第一位は「専門スキル」でした。

池田 だから、私は、今のタイミングに伝えなくては!と思って、新入社員には、とにかく自分から積極的に必要な情報を現場に取りにいくように、とお願いしたんです。若い人たちには、自分の部署の専門性の殻にこもって、わき目もふらずに突き進むことも時には大事ですが、横軸に目配りし、広く情報収集し、コミュニケーションを取る大切さを知ってほしいのです。

 実は、まさに今自分自身が直面しているんですが、サステナビリティの部門は非常に専門用語が多いので、そのまま説明すると、「難しい」と言われてしまうんですね。つまり、きちんと相手に伝わっていないわけです。理解してもらえるように話すには、いろいろな人と出会って経験を積み、想像力を身につけ、様々な「文化的レンズ」を持ち、視野を広げることが必要です。そして、私は、専門家というのは、本来そうでなくてはいけないと思うんです。

 それから、一見、非効率に見えることが、実は効率的だということも多いんですね。私は袖のフリンジと言っているんですが、袖のヒラヒラした飾り……二の腕のぜい肉でもいいんですけど(笑)、そういうものが大事だよ、といつも言っているんです。つまり、幅を持たせたほうが、結局は効率的なんです。

 私は流行語になったタイパという言葉も嫌いなんですよ(笑)。日経新聞も、デジタルで購読していますが、昔ながらの紙面の形で読んでいます。「あなたにおすすめの記事」が自動でプッシュされることはありませんが、それぞれの記事の大きさや、その横にはどんな記事があるのか、といった雑多な情報がビジュアルで入ってくる。そういうちょっとした無駄に見えることを大切にしたいと思っています。自ら情報を取りにいく際も、同質化した集団の意見ばかりに偏っていないか、自分で見極める力が必要です。