サイロを破壊する際の反発とリスク
──『サイロ・エフェクト』の中には、サイロを破壊しようとして大きな抵抗にあうケースがいくつも出てきます。ソニーのCEOに就任したストリンガーもIBMを手本にして改革を断行しようとして根強い社内の反発にあいます。
池田 先ほどお話ししたように、以前、NTTデータ北陸と信越の社長を同時期にやっていたことがあったんですね。月水金が北陸で火木が長野だったので、新幹線に飛び乗って往復していたんですが、その中でやっぱり両社で同じことを一生懸命に調べているといった非効率的な場面があり、一緒に研修を行ったり、交流を深めたり、ということは積極的にやっていました。
それから、北陸の社長時代は、三つの部があったのを二つにしました。それは、統合することで、より良いサービスを提供できるという確信があったからです。その結果、実際に利益も上がったのですが、その時の難しさは半端なかったですね。やはりポストも一つ減るわけですから……。ですから、なぜそのような変革をするのか、そうすることによって何が変わるのかという丁寧な説明と、みんなが納得できるゴールを提示することが必須でしたし、もしかしたら、ある程度の時間も必要だったかもしれません。
今も良い状態ではあるけれど、こうしたらもっと良くなるよ、という未来を見せてあげる、というのが重要だと思いますね。明るい言葉で未来を語るということも大切です。
20代の頃、カスタマーサティスファクションの部署にいた時は、無意識に、無邪気にサイロを破壊していたわけですが、この時は意識的にサイロを壊そうと考えていたと思います。ただ、一方でサイロを破壊することのリスクもありますから、そこは慎重にやっていく必要があります。
──成功させる秘訣はなんだと思いますか。
池田 最初に例に出したクリーブランド・クリニックの試みが成功したのは、根底に「患者のために」という信念をスタッフと共有できたからだと思うんです。うちの会社も、みんな、デジタルやテクノロジーの力で世の中を便利にして、より良い社会を作りたいという夢を持って入社してきている。志はみんな一緒のはずなんです。
今、私が担当しているサステナビリティについても、この本は非常に重要なことを教えてくれました。環境問題は各国ごとにバラバラに努力しても限界があり、地球環境の改善は図れません。横のつながりがないと実現が難しく、国や企業が地球の将来のために、協力する必要があります。
サイロ化の罠にはまってしまった名門ソニー
たとえば、電気自動車(EV)が浸透してきた一方で、EVバッテリーの増産による環境負荷が新たな課題となっています。昨年、施行された欧州電池規則では、CO2排出量などの開示を求められており、将来的には日本企業も欧州市場での販売には電池規則をクリアする必要が出てきました。
欧州では、相互にデータを流通できる基盤として、ドイツの自動車メーカーやIT企業を中心とした「Catena-X」などが構築されているのですが、そこで日本企業がデータ流通を行う場合、企業秘密まで流出してしまうのではないかという懸念もこれまでありました。
そこで、NTTデータは、経済産業省が中心となった公募事業に採択され、企業秘密を守りつつ、 (CO2排出量の算定などに)必要なデータのみを業界を横断して相互に流通できる、安全なデータ連携プラットフォームを構築し、自動車業界団体と共に今年の春から運用を開始しています。また、そうすることによって、要求される企業側も、誰にどんな条件であれば提供できるのかがわかってくるんですね。
将来的には、他業界にも展開し、世界でも広く相互運用されるプラットフォームを目指して、カーボンニュートラルや資源循環型社会の実現に貢献していきたいと思っています。
名門ソニーが、優秀な技術者を多数抱えていながら、サイロ化することによって、同じ機能を持つ別々のデバイスを同時に開発してしまったという象徴的な出来事がこの本には描かれていますが、共通の一つのツールを通じて情報や戦略を共有することがいかに大切かということを痛感しています。先日、 NTTグループサステナビリティカンファレンスでグローバルのメンバーが集まりましたが、その際にも、各国の法律は異なっていても、社会課題は共通であり、そこで使うテクノロジーは同じであるから、ナレッジベースでつながっていきたいという話になりました。
このように、技術の進歩により、共通化できるものはしっかり共通化できるようになってきました。誰のための、何のためのサービスか、その目的は何かということをよくチームとも話をしているのですが、つながることにより新しい価値を生みだし、より豊かで調和のとれた社会の実現に寄与していくというのは当社の企業理念でもありますから、今後いっそう前進させていきたいと考えています。
若い頃の苦い経験
池田 思い返すと、まだNTTにいた若かりし頃、海外の非常に難しい案件を2週間ほどかけて調べ上げ、満を持して「この件はこうしたらうまくいくと思います!」と上司に報告したことがあるんです。そうしたら、「ああ、それならグループ会社の〇〇がもうやってるよ」と言われて、しばし呆然としたことがありました(笑)。
ですから、今も私は、入社して間もない頃、上司が言ってくれたように、もちろん何も調べないで行くのはだめですが、ちゃんと調べてもわからない、おかしい、と疑問に思うことがあれば、「聞きにいけばいいじゃん」と言っていますね(笑)。サイロ化の罠に嵌らないためには、そうした一人ひとりの日常の姿勢が大事なんじゃないかと思います。
今や私たちの仕事は、国籍も言語も違う世界中のグローバルなメンバーと会話をしながら進めていく時代です。だからこそ、異なる視点で同時に見ることができるのは幸せなことだなと思いますし、様々な「文化的レンズ」で物事を見る力を養えるように、これからも絵本からビジネス書まで、様々な本を読み、いろいろな人に出会って話を聞き、自分の幅を広げていきたいと思っています。
池田佳子(いけだ・よしこ)NTTデータグループ 執行役員 コーポレート統括本部 サステナビリティ経営推進部長
1967年生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒業後、NTT入社。主に法務を担当し、99年に米国イリノイ大学でLLM(法学修士)修士課程修了。2008年にNTTデータへ転籍。コンプライアンス推進部部長、企画部アライアンス推進担当部長、広報部長などを経て、19年6月、NTTデータ北陸代表取締役社長とNTTデータ信越代表取締役社長を兼任。22年6月、NTTデータマネジメントサービス常務取締役。23年6月、NTTデータ執行役員。23年7月より現職。