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いろいろあった“オリンピックの最寄り駅”「千駄ヶ谷」の“語られない過去”に何があった?

14時間前

genre : ライフ, , 社会, 歴史

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 国立競技場や秩父宮ラグビー場は、神宮外苑ではなく日本スポーツ振興センターが保有・管理している施設だ。

 ただし、国立競技場の敷地はもともと神宮外苑の一部で、古くは明治神宮外苑競技場が置かれていた。学徒出陣の壮行会の舞台になったのもこの競技場。戦後、明治神宮から国に移管されて、旧国立競技場が建てられた。

 また、秩父宮ラグビー場はもともと外苑ですらなく、戦前には女子学習院があった場所だ。戦後、ラグビー専用の競技場用地を探す中で、空襲で焼けていた女子学習院の敷地に白羽の矢が立った。

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 賛否渦巻く神宮外苑の再開発が実現すれば、神宮球場と秩父宮ラグビー場の場所は入れ替わる。となれば、土地の所有者も入れ替わるのだろうか。まあ、このあたりはいささか複雑だし、いらぬ火の粉も飛んできそうなので、あまり深掘りはしないでおこう。

 そして、このあたりでスポーツゾーンから離れることにしよう。千駄ケ谷駅を玄関口とする千駄ヶ谷の町は、単に「スポーツの町ですね」などと片付けられるほど単純な町ではないのである。

 

オフィスビルの間からひとつ路地に入ると、風景がうってかわって…

 再び千駄ケ谷駅前に戻り、今度はスポーツゾーンとは反対の西側に向かって歩いてみようと思う。

 千駄ケ谷駅前から線路に沿って西に向かう道筋は、実に見事ないちょう並木になっている。首都高の外苑料金所と新宿方面を結ぶルートになっているのか、クルマの交通量はなかなかに多い。オフィスビルなども建ち並んでいるエリアで、人通りもそこそこだ。

 
 

 ただ、この道からひとつ南の路地に入ると、うってかわって静かな住宅地といった趣だ。その一角には、静謐さがよく似合う国立能楽堂。さらに南に分け入れば、千駄ヶ谷大通りと呼ばれる賑やかな道に出た。チェーン店はほとんどないが、味のある個人経営の飲食店が目立つ賑やかな通りだ。

 
 

 千駄ヶ谷大通りを進むと、鳩森八幡神社の鳥居が見えてくる。この五叉路が、“スポーツゾーンではないほうの”千駄ヶ谷の中心なのだろうか。鳩森八幡神社の裏手には将棋会館があり、将棋の町としての一面も持つ。さらに南に下ってゆけば、そのまま神宮前二丁目の商店街へと続く。