どう伝えるかは天才肌でも、何を伝えるべきかから目をそらしているのでは。男性アナウンサーたちが大勢に順応していく中、実枝子は冷静な視線を失っていない。だからこそ彼女が劇中のナレーションを務めているのだろう。実枝子役は連続テレビ小説『あまちゃん』で注目を集めた橋本愛。紫の着物姿で職場に通い「紫の君」と称された実枝子が「この国はどうなっていくのでしょうか」とつぶやく横顔の優美さが印象に残る。

©2023NHK

 先輩アナウンサーが和田に語りかけるシーンがある。

「さしもの和田信賢も時代に流されたか。お前はお前だ。吞み込まれるな」

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 実際には天才・和田も時代の趨勢に呑み込まれてしまう。昭和18(1943)年、戦況が悪化する中での出陣学徒壮行会。和田は出陣が決まった学徒たちから「死にたくない」という本音を聞き出すが、中継でそのままには伝えられない。矛盾に葛藤したあげく直前に実況を放り出し、雨の中で慟哭する。

©2023NHK

決して過去だけの物語ではない

 戦争に加担した過去は明かしたくない、できれば隠しておきたいだろう。でも、あったことをなかったことにはできないと、勇気をもって記録に残した人々がいた。だからこの作品が生まれた。そしてこれは決して過去だけの物語ではない。

 国有地値引きを巡り公文書を改ざんした「森友事件」は、現代でもまかり通る“不都合な事実の隠蔽”そのものだ。世の不条理を今の報道はきちんと伝えているか。扇動的な“大本営発表”になってはいないか。この作品は私たちに鋭く問いを突き付けていることに気付く。それこそ制作陣の狙いではないか。演出の一木正恵ディレクターはドラマ部出身で連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』『おかえりモネ』などを担当した。

 映画は、和田が何度も伝えてきた“大本営発表”に思いもかけぬ形でしっぺ返しを喰らうシーンで終わる。その瞬間の凍り付いた表情は哀感迫る。最後まで、今の世への厳しい警告だと受け止めた。

『劇場版 アナウンサーたちの戦争』
報道は“真実”ではなかった――。太平洋戦争では、日本軍の戦いをもう一つの戦いが支えていた。ラジオ放送による「電波戦」。ナチスのプロパガンダ戦に倣い「声の力」で戦意高揚・国威発揚を図り、偽情報で敵を混乱させた。そしてそれを行ったのは日本放送協会とそのアナウンサーたち。戦時中の彼らの活動を、事実を基に映像化して放送と戦争の知られざる関わりを描く。

演出:一木正恵/脚本:倉光泰子/出演:森田剛、橋本愛、高良健吾、安田顕/2023年/113分/テレビ版制作著作:NHK/製作協力:NHK エンタープライズ/製作・配給:NAKACHIKA PICTURES/©2023NHK/8月16日(金)全国公開