「更地になったから、帰るところはありません」
「お兄さん、どこからきたの?」。笑顔が絶えない高齢の4人組に声をかけられた。
隣の能登町に住む70代の女性と、同級生らのグループだった。独り暮らしだった女性は被災後、金沢市に住む同級生宅へ身を寄せていたのだが、町に帰って来たついでに4人で見附島へ足を延ばしたのだという。
「この辺りの被害も酷いわねぇ。私の家も大変だったけど、他人の家が壊れたのを見ていると、お腹に力が入って苦しくなる。輪島は火災、観光名所の白米千枚田の方に行ったら、ものすごい山崩れで海岸の道路が埋まっていた。どこもかしこも凄い状態だわ」。女性が同級生らに説明する。
私が「能登町の自宅はどうなったのですか」と尋ねると、「全壊よ。地震の時、隣の家が勢いをつけて倒れてきたの。ウチも大きく傾いてしまいました。既に解体して、更地になったから、帰るところはありません」。キッパリと言う。
家は再建しないのだろうか。「この顔を見て、建て直す力があると思う?」と逆に質問された。
話術で笑わせて周りを明るくする女性の、隠しようのない本音と悲しみ
「子供に『能登町に帰って来るつもりはある?』って聞いたら、『帰らん』と言う。『家を建て直すお金がないんだけど、どうにかならない? 支援金でも』と水を向けたら、『銀行へ行って、借金できるか聞きなさい』と言われました。銀行の窓口では『1000万円借りたら、月に2万7000円ほどの金利を生きてる間に払ってください』だって。これだと元金はまるまる借金で残るのに、死んだらどうなるのよ。子供は払ってくれません。窓口では『土地や家は銀行のものになります』と、まあそんな話よ。はははは」
まるで演劇のような語り口で教えてくれたのだが、笑える話ではない。
「国民年金しかないから、つつましい暮らしでした。父ちゃん(夫)が死んだ時、『箸は2本使うなよ。1本にしなさい』という遺言だったの。これを、ずーっと守ってきました。2本だとご飯をガバッとつかめるけど、1本だと無理でしょう。だから、やせてしまって……。あんた、この話を信じる?」と、お笑い芸人も真っ青なトークだ。冗談めかした話ではあるが、切り詰めた生活だったのは間違いない。にもかかわらず、住むところがなくなってしまった。
「もう、鬱になりそうよ。父ちゃんの墓に行って『どうすりゃいいの』と聞いたら、『こっちに来いや』と言われたわ。あははは。布団に一人で寝ていると、寂しくなる。男のぬいぐるみでも探して、抱いて寝ようかな。あっ、あんたを誘ってるわけじゃないよ」
話術についつい引き込まれて、私も同級生らも吹き出してしまう。女性は笑わせて周りを明るくするのが好きなようだが、隠しようのない本音と悲しみは随所に見えた。
別れ際に連絡先を聞いた。「こんなお婆ちゃんだけど、一緒に寝に来てくれるの? はははは、嘘よ。また会いましょう」。笑い声を残して去って行った。