被害の実情が知られていない
「この近くでは軒並み家が倒れた通りがあったり、津波で壊れた家の上に車が載っかっていたり、ほら、見附島のすぐそこでも、今は撤去されましたが、漁船が打ち上げられていたでしょう。これだけ酷い状態なのに、あまりに報じられていないように感じます。本当の姿を流したら、人が来なくなるのかな。東日本大震災では傷つく人がいるから津波の映像はあまり流さなくなりましたよね。今回も同じことが起きているのでしょうか。同じ石川県内でさえ、私が二次避難した県南の加賀地方では、被害の実情が知られていませんでした。兄が『まだ直せる』と思ったのも当然です」とため息をついていた。
あの日、女性は20kmほど離れた「須須(すず)神社」に初詣に出かけていた。
地元の信仰を集めてきた由緒ある神社だ。鎌倉時代の作と考えられる「木造男神像」は国の重要文化財に指定されており、源義経や弁慶にまつわる伝説もある。今春、國學院大学の神道文化学部を卒業し、大学院に進んだ歌手の相川七瀬さんが再々訪れていることでも知られる。
「下に行ってはいけません! 大津波が来ます!!」
社殿は、海岸のすぐそばにある駐車場から、鬱蒼とした森を抜けた先にある。この森は広葉樹林の原生林的な様相を示していて、国の天然記念物に指定されている。
女性は拝殿に立ち、家内安全を願って賽銭(さいせん)を入れた。そして、鈴を鳴らそうと麻縄を握った瞬間、立っていられないほどの揺れが始まった。
「慌てて縄を放して、拝殿の戸にしがみつきました。そうしたらもう放せません。怖くてつかまっているしかありませんでした」
長い揺れが収まった境内では、手水舎が倒壊していた。「参詣に来た人が輪になってしゃがんでいるのが見えました」と話す。
「早く帰ろう」。震えながら駐車場に向かおうとしていると、神官が「下に行ってはいけません! 大津波が来ます!!」と、叫びながら走っていった。その袴(はかま)姿は今でもありありと覚えている。
「もし、あの神官がいなければ、私達は津波に呑まれていました。命の恩人です」と女性は語る。
事実、駐車場では車が流されるなどした。一帯の海岸沿いでは、津波に呑まれた集落が壊滅的な状況に陥った。
そんな体験をした女性は、兄に被害の実相をしっかり目に焼き付けてもらいたいと考えていた。
「どんどん報じてください。写真もいっぱい撮ってください。皆に本当のことを知ってもらわないと、地震でどうなるか分かってもらえません。防災を考える材料にもなりません」。そう力説して、見附島を後にした。