能登半島の先端にある石川県珠洲(すず)市の金剛崎。ここで営業してきた「ランプの宿」は創業445年という超老舗旅館だ。しかし、能登半島地震で長期休業を強いられ、社員の大半を解雇しなければならなかった(#8)。これから、どんな展望が描けるのか。社長の刀禰(とね)秀一さん(72)には秘策がある。地震で隆起した海岸を観光の目玉にしようというのだ。しかも、語り継がれてきた伝説が現実化したとしか思えないような現象が起きた。伝説は先人が経験し、または予測した「危機」を子孫に伝える手段だったのか。そして「地球の鳴動」そのものを見に来てもらおうという試みは起死回生につながるのか。

「ランプの宿」の駐車場から南に見下ろす。隆起した海岸の中央手前に獅子岩が見える ©︎葉上太郎

語り継がれてきた伝説通り、立ち上がった「獅子岩」

「獅子が本当に立ち上がったのです」。刀禰さんが頬を紅潮させて語る。

 金剛崎の高台から南に見下ろした海岸には「獅子岩」がある。この岩については一つの伝説が語り継がれてきた。地元の信仰を集めてきた須須(すず)神社にまつわる物語だ。

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 その昔、須須神社に祀られている神が降臨した時、獅子に乗ってきたのだという。用事を済ませた神が帰ろうとして、「獅子いるか」と呼んだ。だが、待ちくたびれた獅子は居眠りをしていた。代わりに返事をしたのは「いるか」に反応したイルカだった。このため神はイルカを供にして帰り、神の使いは獅子からイルカに変わった。悔やんだ獅子はそのまま岩になったのだという。

イルカの壁画。「のと里山空港利用促進協議会」発行の観光ガイドブックに載っていたが、津波で損壊して海水が入り込んでいた(珠洲市中心部) ©︎葉上太郎

「これが獅子岩です。人間が困った時には立ち上がり、助けてくれると伝えられてきました」と刀禰さんは語る。

獅子岩は一部さざれ石でできている(刀禰秀一さん撮影)

 あの日、2024年1月1日。能登半島を最大震度7の烈震が襲った。

 珠洲市の海岸には4mとも5mとも言われる津波が押し寄せ、海に呑まれて壊滅的な打撃を受けた地区もある。

 ただ、地震は地盤を隆起させた。珠洲市の北部では1m以上も上昇したとされる。その分、津波の被害は抑えられた。

 例えば、「ランプの宿」の客室は小さな入り江に面していて、海抜が約3mしかない。にもかかわらず、津波に襲われなかった。これには「二重の隆起」が関係しているという。一つは客室のある地盤が隆起して、海面から上がった。もう一つは沖合の姫島と呼ばれる岩礁が隆起して、防潮堤の役割を果たしてくれた。

隆起して防潮堤の役割を果たした姫島の岩礁。灯台が建っている ©︎葉上太郎

「須須神社は日本海の守護神とされてきました。獅子が立ち上がって助けてくれると伝えられてきた通りになったのです」。刀禰さんは感慨深げに語る。

 もちろん、物事にはプラスとマイナスがある。隣の輪島市では4m以上隆起した地区もあり、港が干上がったり、漁船が出入できなくなったりして、漁師が生計を奪われた。ただし、建物や人々が海に呑まれるようなことはなかった。