不条理犯罪「献忠」という流行語
ここで注目すべきは、最近の一連の事件をすべて結びつけた「献忠」といった言葉の流行だ。捨て鉢になっておこなわれる不条理な無差別殺人、くらいの意味のネットスラングで、主に海外の中国系ネットユーザーの間で使われている。
特定の傾向がある犯罪は、名前が与えられてカテゴリーが作られることで人々の注目が高まる。これは日本において、個人売春が「援助交際」、電話を使用した詐欺が「振り込め詐欺」、代行強盗が「闇バイト」などと名前を与えられたことで世間に認知され、社会現象になった例を考えるとわかりやすいだろう。
中国においても、以前から存在したはずの無差別殺人に「献忠」の名前がついたことで、それ自体がひとつの意味を持つことになった。「献忠」の別名は「社会報復」(社会に対する報復)である。実生活の不満を、刃物を振り回したり人混みに自動車で突っ込んだりすることで解消し、実質的に自分の人生も終わらせる。一種の社会的自殺行為だ。
9月に発生した深圳の日本人学校児童襲撃事件の容疑者についても、10月18日付けの讀賣新聞が「職探しがうまくいかず不満を持っていた」「何か大きなことをすれば自分が注目され、日本人を刺せば反響が大きく、自分を支持してくれる人もいるだろうと思った。日本人学校の場所はネットで探した」という動機があったとする関係者の談話を報じている。
これが事実とすれば、日本人学校児童という標的の選択には政治的事情があるものの、犯行の動機それ自体は「献忠」だったということだ。「類似の事件はいかなる国でも起きる」という中国外交部の発言は、(国家として無責任だという点を除いて)事実認識としてはある意味で正しい。ただし近年、中国では他国に増して「献忠」が増えていると言わざるを得ない。
総加速師・習近平と「献忠」
「献忠」の由来は、前近代の中国の張献忠(1606~1646)という武将だ。彼は明末の李自成の乱に呼応した反乱軍の指導者の一人で、蜀(四川省)一帯の掌握に成功したが、当時の天下の趨勢は満洲族の清に定まりつつあった。張献忠はジリ貧の状況に捨て鉢になったのか、臣下や蜀の民を大量に虐殺する。彼の名が現代まで残っているのも、この悪行のせいだ。
虐殺については、戸籍の人口を根拠に300万人以上が殺されたという巷説もあるが、これはおそらく蜀の行政機構が崩壊して個人を把握できなくなったためで、そこまで多くはないだろう。ただ、蜀の人口構成に影響が生じるレベルの被害が出たのは確実である。後世に文豪の魯迅が「殺、殺、殺人、殺」と書いたように、そこそこ歴史に詳しい中国人の間では、張献忠の悪名は不条理な虐殺者の代名詞的存在だ。