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「私にはいつも凜としていた母のイメージしかなくて、はじめは認知症になった母をどうしても受け入れられませんでした。認知症になったことを考えたくなかったのかもしれません。もう少し私に認知症の知識があったら手助けもできたのですが……。変わったのは『小山のおうち』で他のご家族からお話を聞かせてもらったりしたことで、悩んでいるのは私一人じゃないんだと知ってからです。それからありのままの母を受け入れられるようになりました」

 ケアマネたちと相談しながら、試行錯誤で介護をしていたある日のことである。

「お風呂で母が苦労しながら身体を洗っているのを見て、私が背中を洗ってあげればいいんだと思い、一緒にお風呂に入ったんです。そこで肌にふれたり、おしゃべりしたり、そんなことが良かったのかもしれませんね」

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邦子さんが綴った手記
邦子さんが綴った手記

「あんたがおるけん、私もがんばるわ」

 やがて姑が亡くなり、時間に余裕ができたことも追い風になった。

「それまでなら『茶碗、洗ってあげるわ』と言われても、どうせあとで洗い直さないといけないんだから『いいよ、いいよ』と断っていました。それが、洗うことは本人にとって幸せなんだと気付いてから、『お願いね』って頼むようにしました。洗ってもらったら、素直に『ありがとう』と感謝もするようになったんです」

 絵美さんは次第に、ありのままの母を受け入れられるようになった。すると、母も不安が消えたのかすっかり穏やかになったという。その後、夫が亡くなり、子供たちも大人になって家を出て行くと、絵美さんは独り取り残されたような気分になった。

 ふと「どげんしたらいいのかな」と沈んでいると、邦子さんがそっと近づき「あんたがおるけん、私もがんばるわ」と、絵美さんの肩をポンと叩いた。絵美さんは思わず涙がこぼれそうになり、目を閉じたまま「うん、うん」とうなずいていたという。

新刊『認知症は病気ではない』(文春新書)

 そんな絵美さんに介護のコツをうかがうと、こう言って笑った。

「しっかりご飯を食べて、十分な睡眠をとり、心を豊かにしておく。そして感謝です。自分をいたわり、そのうえで母をいたわることです」

 介護する家族がぐっすり眠ってこそ在宅介護は可能なのだ。介護するには、心と体に余裕を持て、ということだろう。

認知症は病気ではない (文春新書 1473)

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奥野 修司

文藝春秋

2024年10月18日 発売