「菊乃井 本店」「露庵 菊乃井」「赤坂 菊乃井」――ミシュランガイドで合計7つの星を獲得し続ける京料理の名店の次期四代目・村田知晴さん(43)。料理未経験から跡継ぎとなってまもなく10年目にして「いまでも下足番をやりたい」と語る村田さんに、料亭という世界で生きること、「和食」の未来を伺った。(全2回の2回目/前編を読む)
◆◆◆
お店との関わり方を考え、「下足番」に。
――2015年に「菊乃井」に入社されて、すぐに厨房に入られたのでしょうか。
村田 素人がいきなり調理場に入ってハモの骨切りとか、おそらく無理だろうなと。僕もすでに30歳を超えていましたし、料理人以外の視点での入り方のほうが、自分のなかでは面白いというか、関わり方を考えたんですよ。
――それは、お店との関わり方?
村田 そうです。お店の中身なんてまったく知らないし、日本料理のことも、文化的なこともわからないという状況を考えると、けっきょく、目の前にあるのはシンプルなビジネスだなと。
料理屋ですから、お客さんの数で売り上げが決まる。単純にイートインのみで考えると、売り上げの100%がお客さんのお財布から成り立っているわけじゃないですか。だったらそのお客さんと接するところから始めようと、まずは下足番をやらせてほしいとお願いしました。
――下足番?
村田 「玄関番」とか「玄関さん」とも言いますが、お客さまをお迎えして、お見送りする。基本的にはなんでもやるんですよ。庭の掃除やしつらい、砂利の模様を整えたり、草木のちょっとした剪定とか、池の鯉の世話をしたり、苔の面倒をみたり。それを1日2回、全館まわってやるのでけっこう忙しいです。
自分なりの工夫が伝わると、気持ちがいい
――お客さまがお食事をされている間も、なにかしらの作業をされるのですか?
村田 昼はけっこうすることがあるんですけど、夜は暗いので庭のごみとか拾えないですから、待ち時間が多いです。夜は、1時間半から2時間くらいは、玄関の小さなスペースで立っていないといけないので。
――夜は、待つ。
村田 その間に、なにかできることはないかなと考えて、たとえば雨の日に、タクシーから降りた女性のヒールが、玄関までほんの5メートルの距離でもちょっと泥がついてしまったままだと、せっかく料亭で非日常を楽しまれて、帰り際に雨で汚れた靴を目にした瞬間、現実に連れ戻されたみたいで悲しくなるじゃないですか。
それを傷つかないように拭いて、折り畳みの傘も汚れをとって、エアで乾かして、きれいに畳んでお渡しすると、すごく稀ですけど、気づいてくれてお礼をいってくださる方もいらっしゃいます。