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 うちの厨房からお客さんの顔は見えないけれど、料理を食べる人に対してどこまで優しさを持てるかが、僕にとってはどれだけきれいに栗をむけるかとか、どれだけきれいにハモの骨切りができるかよりも、大事なことじゃないかなと思います。

正直戻りたいなと思うことはありました。

――いまのお仕事は楽しいですか?

村田 楽しいですよ。うん、楽しい。

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――くるしいなとか、前職に戻りたいなとか、思うことはありました?

村田 あー、ゼロではないです。正直戻りたいなと思うことはありました。朝から晩まで黙々と、栗をむき続けているときとかね。いまはそんなにはないですが、ふとあのままサラリーマンを続けていたらどうなってたかなって、妄想することのほうが多くなりました。

©志水隆/文藝春秋

僕ができることならなんでもやります

――この先の目標はありますか?

村田 お店がしっかりしていくことは当然なんですけど、いちばんは、働いている人の環境を整えることですね。うちの厨房にいる若い子たちはほぼ10代後半で、これから10年キャリアを積んでもまだ30歳に届くかどうか。仲居さんも含め、彼らが正当に評価されるために、労働環境を整えること、給与面でもそうですし、社会的な信用をもっともっと強いものにできたらいいなと思います。

 そのためにも、こういう世界があることをまず認識してもらわないと、興味を持ってもらうことすらできない。先日も東京の大学で出汁のおいしさを知ってもらう授業をやらせてもらったんですが、僕自身がまったく知らなかったところから、ただただラッキーでこういう世界に関われただけで、僕ができることならなんでもやりますという気持ちです。

 個人的には、うちの5歳の息子がどうなるかまだわからないですけど、もし「菊乃井をやりたい」って言われたときに、やれるような状態にしておくのは、義務かなとは思います。

――継いで欲しいというお気持ちはありますか?

村田 僕はやっぱり継いでもらいたいです。これはコンプレックスなのかもしれないですけど、僕は婿で外からきているので、責任は感じますよね、うちの息子が代を継ぐということについては。