「毎日の戦況を進言していた」

 雑誌「心霊研究」1965年8月号の心霊研究家・田中信成「飯野吉三郎と日露戦争」でも、心霊研究家らしい2人の対談の中で、衆院議員も務めた弁護士・江間俊一の話として次のようなエピソードが出てくる。

 彼(吉三郎)は日露戦争のとき、天眼通(神通力)をもって旅順口の要塞を霊視して「早く二〇三高地を取れ。二〇三高地を奪取すれば、旅順の要塞は陥落する」と予言。それを児玉大将に進言し、その通りになった。

 さらにここでは、吉三郎を「先生」と呼ぶ対談者の1人がこう語っている。

「あの人(吉三郎)が一番活躍したのは奉天(ほうてん)大会戦のときです。児玉さんに呼ばれて急遽東京から総司令部に行き、児玉さんの幕舎に泊まって、朝早くから起きて星を見、神に祈りながら斎戒沐浴(さいかいもくよく)して、毎日の戦況を、毎日自分が感じることを児玉さんに進言していた。

 終始、進言したことが皆的を射たということです。また、自分は神に守護されていると言って砲弾雨飛の下を平然として見て回られたということです。そうして奉天大会戦は勝ったということを、ご本人から私はよく聞きました」

 旅順陥落は日露戦争のハイライトであり、奉天会戦は同戦争最大の会戦。さらに、日本海海戦の日時についても吉三郎の「神託」が的中したという説がある。「三国志」の諸葛孔明ではあるまいし、近代戦の最前線でそんなことが、と思うが、「心霊研究」の対談者は「公刊戦史だけでは分からない裏面の事情があることが分かった」と述懐。

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 吉三郎について詳しい田中貢太郎『明治大正実話全集第7巻』(1929年)も「日露戦役が終わって、ポーツマスにおける平和会議となった時、彼(吉三郎)は児玉源太郎将軍の陣中に起臥して、奉天(現瀋陽)のマンジュリアホテルにいた」と書いている。

 以後、吉三郎の政治家ら有力者への“食い込み”は一層活発になった。その中でまた1つの伝説が生まれる。(次の記事につづく)

次の記事に続く 「眼中には法律などない」銀行員を斬りつけても無罪…初代首相・伊藤博文にも一目置かれた「不思議な男」飯野吉三郎とは何者だったのか