決定的に破綻していた父子関係
今回の小島容疑者の場合はどうでしょう。前出の週刊文春の記事によると、彼が中2の終わりから5年間にわたり生活した自立支援NPO法人の関係者は、「彼は整理整頓が出来ないところがあったくらいで、手のかからない子でした。(中略)他の人とトラブルを起こしたこともない」と証言しています。また、職業訓練校卒業後に就職した機械修理会社の社員も「人間関係も特に問題はなかった」と語っています(その後、転属された工場で社内いじめに遭い、退社)。
その一方、家庭では父子関係が決定的に破綻していました。小島容疑者の家庭を知る人物は、父親が「男は子供を谷底に突き落として育てるもんだ」という教育方針で息子に厳しく、「姉のご飯は作ったるけど、一朗のは作らん」とよく言って、実質的に育児放棄されていたと証言しています。
さらに実父が語ったところによると、小島容疑者は中2のときに両親が寝ている寝室に怒鳴りながら入ってきて、ウチにあった包丁と金槌を投げつけるという事件を起こしたそうです。姉が新品の水筒だったのに、自分が貰い物だったことに腹を立てての凶行で、これをきっかけに父親は息子を避け、小島容疑者も父親を嫌悪するようになりました。
仕事を辞めて地元に戻った後、小島容疑者は「親に殺されるから」と家出を繰り返すようになり、さらに「自殺する」と言ってロープを持って家を出て、寝袋で野宿しながら半年もの間、長野県内を転々とします。そして、6月9日に新幹線内で凶行に及んだのです。
理解できない事件が起きると「理由」を求めたくなってしまう心理
今回の事件では、容疑者の家族や親族自身が犯罪や自殺願望の原因を発達障害に求めるような発言をし、それをそのまま報道してしまったことで、発達障害に関する誤った理解の拡散に拍車をかけてしまいました。
しかし、むしろ家庭的な愛情に恵まれていなかったことが問題で、それが絶望的な感情や自殺願望を生み、それが外に向いて爆発したと推測できるかもしれません。
もちろん、メディアの取材による間接的な情報だけで軽々には言えませんが、少なくとも自閉症やアスペルガー症候群と診断されていたことが、犯罪の要因だと決めつけることはできないはずです。それに発達障害であったとしても、社会の一員として幸せに暮らしている人がたくさんいることも忘れてはいけません。
動機の分かりにくい凄惨な事件が起こると、私たちはどうしても理由を求めたくなり、精神疾患や発達障害があれば、それが問題だったのではないかと考えたくなります。けれども、精神鑑定や司法の判断でさえ、専門家から「間違いだ」と指摘されることがある。それくらい、犯罪者の心理や犯行の動機を解明するのは簡単ではないことなのです。
したがって軽々に理由を求めることよりも、まずは刑事司法での詳しい事実解明を待つべきではないかと思います。そして、このような境遇の人物の暴発を社会としてどう防げばいいのか──発達障害と犯罪を安易に結びつけるような予断を持たず、あくまで解明された深い事実に基づいて、議論を深めていくことが大切なのではないでしょうか。