赤ちゃんの先天的な病気を知るため、出生前検診(NIPT)を受ける人が増えている。もし、病気が見つかったら、どうすればいいのか。毎日新聞取材班『出生前検査を考えたら読む本』(新潮社)から、検査で「陽性」の結果を受け、中絶を決意した麻衣さん(仮名・当時35歳)のケースを一部抜粋・再編集してお届けする――。
「一度話を聞いてもらえませんか」
自宅に帰った麻衣さんが夕飯の準備をしていると、携帯電話が鳴った。
「医科大の藤田です」
麻衣さんは驚いた。相手は、大学病院の医師である藤田太輔科長(産科・生殖医学科)だった。昼間に、麻衣さんを診察した医師の上司にあたる。麻衣さんの事情を把握して、すぐに連絡してきたようだった。
「中絶を決めたら決めたでいいですが、一度話を聞いてもらえませんか」
藤田医師はゆっくりとした口調で願い出た。NIPTの結果は未確定で、間違っている可能性があることも説明した。
「そこまで先生が言うのなら」
麻衣さんは再診のため、大学病院に行くことを約束した。
(麻衣さんがこの日に至るまでの経緯【ギャラリーで図表をみる】)
藤田医師は電話をかける直前に、麻衣さんを診察した女性医師から報告を受けていた。麻衣さんがNIPTを受けたクリニックは、日本医学会の認証を受けていない無認証施設だったこと。しかも、陽性と判定されたのも、学会の指針で認められていない検査項目だったこと。
「これはちゃんとせなあかん」
問題があるケースと考えて、自ら担当することにした。学会の指針で認められていない項目では、検査の精度(結果がどのくらい正しいのか)が十分に検証されていない。本来は陰性なのに、誤って陽性と出る「偽陽性」の可能性が高いと考えたからだ。
麻衣さんの診察は3日後だ。藤田医師は急ピッチで準備を始めた。
「偽陽性」の疑いがある
麻衣さんが受けたNIPTの結果は「8番染色体部分重複の疑い」。23対ある染色体のうち8番目の染色体で、一部分が重複しているという変化だった。