取材を通じて、麻衣さんは論理的に物事を考える力やコミュニケーション能力が高く、インターネットを使った情報収集にも非常に長(た)けていると感じた。

それでもなお、30代後半という比較的高い年齢での出産に不安を覚え、ネットで見つけた検査を利用し、思いがけない「陽性」という言葉に心をかき乱された。

羊水検査を受けずに中絶を希望したことは、拙速な判断のように見えるかもしれないが、大きな不安と動揺の中でこういう落とし穴に陥る可能性は、誰にでもあるのではないだろうか。

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そんなことを考えながら、大阪医科薬科大学病院へ向かった。

正常な胎児を中絶する事例もある

麻衣さんを診察した藤田医師は「1人の命を救えて良かった」と振り返る。

日本医学会の認証を受けていないクリニックの多くは、学会指針が認めていない染色体の微小な重複や欠失まで調べるNIPTを実施しているが、「妊婦のニーズに応えるためだ」と説明するクリニックもある。

藤田医師はこうした検査項目では、本当は陰性なのに誤って陽性と出る偽陽性や、麻衣さんのように実際は特段の症状が出ない染色体の変化が含まれている可能性があると指摘する。

「NIPTで陽性と出ただけで、病気と確定するわけではない。しかし、NIPTの結果に動揺して、羊水検査などの確定的検査を受けずに正常な胎児を中絶する事例が一定数あるのではないでしょうか」

厚生労働省の「NIPT等の出生前検査に関する専門委員会」は、2021年5月に出した報告書で遺伝カウンセリングを重視。出生前検査では結果によっては妊婦らが衝撃を受けることを想定し、医療機関が十分な心理的ケアや支援を行うよう求めている。

藤田医師はこう警鐘を鳴らす。

「NIPTで陽性と出た場合に、確定的検査までフォローしながら、メンタル面でサポートすることが不可欠です。そうしたサポート体制ができていない施設で、NIPTを受けるべきではありません」

記者は2022年、麻衣さんにNIPTを行ったクリニックに取材を申し込み、断られた。このクリニックはその後も日本医学会の認証を受けずに、染色体の微小な重複や欠失を調べるNIPTを提供し続けている。

毎日新聞取材班 毎日新聞くらし科学環境部の記者らによる取材班。毎日新聞デジタルで「拡大する出生前検査」を連載している。
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