「丁寧に説明してくださって、よくわかりました。でも、賭けに出るようなことに進むのは怖いです」

麻衣さんは頑な態度とは裏腹に、迷っていた。この直前まで、「出産をあきらめる」という結論を変えるつもりはなかった。藤田医師の説明を聞いて、羊水検査を受けた方が良いのでは、と心は揺れ動いた。

その一方で、羊水検査を受けても、再び陽性になる可能性が高いのでは、とも想像していた。

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モニターに映った6センチの命

藤田医師は「これはらちがあかんな」と思い、打開策を練った。

麻衣さんは、「8p23.1重複症候群」について解説するウェブサイトを自宅で印刷した紙を手にしていた。そこには生後、子どもの体に出る可能性があるさまざまな症状が、列記されていた。

藤田医師はその紙を見て、思いついた。

「赤ちゃんを見せてください」

麻衣さんと直樹さんを内診室へ案内し、エコー検査を始めた。

「指は5本あるよ」
「両腕もある」
「心臓はちゃんと(左右の)部屋が分かれている」

藤田医師はモニター画面を見ながら、胎児の体の部位ごとにじっくりと説明していった。

藤田医師の狙いは、麻衣さんの不安材料を一つずつ潰すことだった。麻衣さんは、持参した「8p23.1重複症候群」の解説をよく読み込んでおり、発症する可能性のある症状が強く頭に焼き付いている。藤田医師はそれを逆手に取り、この解説に書いてある身体的な特徴が胎児にはないことを、画像を一緒に見ながら確認したのだ。

麻衣さんの決断

麻衣さんは、

「まだ妊娠初期なのにここまでわかるんですね」

と驚きながら、モニター画面に見入った。高精細な3D画像には、6センチほどに育った胎児がくっきりと映し出されている。3日前の検査では直視できなかった、我が子の姿だった。

麻衣さんはようやく気持ちが落ち着いてきた。

藤田医師はエコー検査を1時間くらい続けた。麻衣さんは最終的に藤田医師の提案を受け入れ、羊水検査へ進むことを決心した。