臨床遺伝専門医という資格も持つ藤田医師は文献を調べつつ、他の専門家にも相談した。すると、もし重複範囲が少しずれているなら、まったく違う意味をもつことがわかった。

藤田医師の解説はこうだ。

クリニックの書面に記載されている重複部分は「8p23.2-p23.1」だ。染色体は、領域ごとに番号がついており、この場合は「ハチ・ピー・ニ・サン・テン・ニ・ピー・ニ・サン・テン・イチ」と読む。つまり、8番染色体の8p23.2という領域と、隣の8p23.1という領域を指す。

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このうち8p23.1領域の重複は、「8p23.1重複症候群」という珍しい疾患の原因となる。知的な面でも、身体的な面でも「極めて多様な」症状が出る可能性がある。

一方で、8p23.2領域のみの重複は、日本人に一定頻度で見つかるもので、さまざまな症状や病気が出ないと考えられているという。実際に、藤田医師が相談した専門家自身も、同じタイプの重複をもっていた。

藤田医師は、麻衣さんの胎児の染色体変異は、8p23.2領域のみの重複の可能性があると考えた。それを検証するには、確定的な結果が得られる「羊水検査」が必要だった。

羊水検査に進みたくない理由

5月10日、麻衣さんは直樹さん(夫)とともに大学病院を訪れた。鞄の中に入れていたメモには黒のボールペンで、

「偽陽性(陰性)である確率は1~2割くらい?」
「どう影響が出るのか生まれてみないとわからないという結果になるのでは?」

と、藤田医師に聞きたいことを書き連ねていた。

診察室では、藤田医師が笑顔で迎え入れた。NIPTの結果は間違っているかもしれないし、もし染色体の重複があるとしても少しずれていれば特段の症状が出ない可能性があることを説明した。そして、

「確定的検査に進む必要があります。羊水検査を受けませんか」

と勧めた。

横にいる直樹さんは、麻衣さんの顔を見た。その目が「羊水検査を受けようか」と訴えているようだった。麻衣さんはそれを遮るように言った。